こんにちは、国際貿易動向を伝えるメディアLanesです。(Xはこちら)本記事では貿易の基礎理論である【比較優位】をできるだけわかりやすく解説していこうと思います。

比較優位とは何か、なぜ大事なのか

貿易や経済の話でよく出てくる「比較優位」とは、一体どのような概念でしょうか。例えば「自国で作れるものをわざわざ輸入するなんて損ではないか?」と疑問に思ったことはないでしょうか。その答えを示してくれるのが比較優位という考え方です。簡単に言えば、比較優位とは「それぞれの国(や人)が相対的に得意なものに特化することで、全体として利益が大きくなる」という考え方です。19世紀の経済学者デヴィッド・リカード(David Ricardo)が提唱した理論で、貿易理論の最も基本的な概念の一つとされています​。アダム・スミスが唱えた絶対優位(absolute advantage)の考え方を発展させたもので、現代でも経済の重要な原理となっています。

なぜ比較優位が大事なのでしょうか。それは、比較優位が「貿易はお互いに得をする(ウィンウィン)関係になり得る」ことを示すからです。国際貿易は時に「一方が得をすれば他方が損をする」というゼロサムゲームのように語られることがあります。しかし、比較優位の原理によれば、たとえ一方の国がすべての分野で他国より生産力が高かったとしても、各国が自国でより効率よく生産できるものに特化して交換すれば、両者が以前より多くの財を手に入れられます​つまり、貿易は両者に利益をもたらす可能性があるのです。

比較優位1

比較優位の定義と身近な例

比較優位とは、自分が他の人や国と比べて「より相対的に効率よく生産できる分野」を持っていることを指します。ここで重要なのが機会費用という考え方です。機会費用とは「ある選択をすることで諦めることになった他の機会(選択肢)の価値」のことです。あるものを作るために何を犠牲にしているか、というコストとも言えます​。比較優位では、この機会費用がより小さい(犠牲にしているものが少ない)分野こそが、その人や国の「比較優位がある分野」となります。

これを絶対優位と比べてみましょう。絶対優位は「他よりも多くの量を生産できる、またはより少ない資源で生産できる」という、単純な生産力の優劣を指します。一方、比較優位は「他と比べてどれだけ効率が良いか(他の生産をどれだけ犠牲にするか)」に注目します。したがって、ある人や国が複数の分野で他より優れている(絶対優位を持つ)場合でも、その中でより他より優れている度合いが大きい分野に特化すべきだ、というのが比較優位の考えです。

身近な例で考えてみよう

日常生活の例で考えてみましょう。例えば、あなたと友人の二人で部屋の掃除と夕食作りの作業を分担するとします。仮にあなたは掃除も料理も友人より上手で、掃除は1時間で終わり料理は30分で作れるとします。一方、友人は掃除に4時間、料理に1時間かかるとします。この場合、あなたはどちらの作業も友人より速く、絶対的な優位を持っています。

しかし、比較優位の視点から考えると、あなたの時間あたりの生産性の差は、掃除では友人の4倍、料理では2倍です。つまりあなたは掃除の方で相対的に大きな優位を持っていることになります。一方、友人は料理ではあなたの半分の効率しかありませんが、掃除では1/4しか効率がありません。相対的に見れば、友人にとっては料理の方が「マシ」であり、友人は料理に比較優位があると言えます。

そこで、あなたが掃除に専念し、友人が料理を担当したらどうなるでしょうか。あなたが2部屋分の掃除を2時間で終わらせ、友人が2人分の夕食を2時間で作れば、合計4時間で二人とも夕食と清潔な部屋を手に入れることができます。各自が自分のことをすべて行った場合(あなたは掃除1時間+料理0.5時間、友人は掃除4時間+料理1時間)には合計6.5時間かかっていたのが、分業することで全体の所要時間が短縮できました。このように、一方が全てにおいて優秀であっても、お互いに比較優位のある作業を分担することで効率が上がり、双方に利益があります

図解で見る比較優位の仕組み

リカードの比較優位
図1:リカードの比較優位の例 Cmglee Ricardo example of comparative advantage CC BY-SA 4.0 Wikimedia Commonsより取得(改変なし)

図1:はリカードの有名な比較優位の例(イギリスとポルトガルの布とワイン)を示したグラフです。​青の線はイギリスの生産可能性曲線で、赤の線はポルトガルの生産可能性を示しています。ポルトガル(赤)は布もワインも同じ労働時間でイギリス(青)より多く生産でき、両方の財で絶対優位を持っています。しかし、それぞれの線の傾き(交換比率)が異なるように、両国の中での相対的な得意分野には差があります。イギリスは布を作る方がワインよりも相対的に得意(ワイン1単位をあきらめれば布を多く作れる)で、ポルトガルは逆にワインの方が相対的に得意なのです​。

図中のケースI(菱形の点)は、両国が自給自足でそれぞれ布とワインを生産している場合の組み合わせ例です。例えばイギリスが布18単位・ワイン15単位、ポルトガルが布16単位・ワイン27単位と生産しているとします(緑と橙の菱形)。この場合、両国の合計生産量は布34・ワイン42になります。一方、ケースII(四角の点)は、イギリスが布の生産に専念し、ポルトガルがワインの生産に専念した場合を示します。イギリスは全労働力で布を生産して36単位、ポルトガルはワインを45単位生産できます(青と赤の四角)​。合計では布36・ワイン45となり、ケースIに比べて世界全体の生産量が増加しています。この追加分が貿易による余剰利益になります。

それでは、こうして増えた生産物はそれぞれの国にとってどんな意味があるでしょうか。比較優位に基づいて専門化(特化)した上で両国が交換(貿易)を行えば、イギリスもポルトガルも自給自足のときより多くの布とワインを手に入れることが可能です。例えば先のケースIIで、イギリスは生産した布の一部をポルトガルのワインと交換し、両国がそれぞれ布1・ワイン1以上を消費できれば(つまり各国とも自給自足で得られた量以上を得られれば)、貿易の利益が両国に生じたことになります。実際にリカードの例でも、自由貿易下では両国ともに自給自足の場合より多くの布とワインを消費できることが示されています​。

比較優位と貿易の関係

以上の例から分かるように、比較優位は国際貿易の原理を支える重要な概念です。各国が自国で比較優位を持つ産品の生産に特化し、他の産品を他国との交換(輸出入)で賄うことで、世界全体の生産量と効用(消費可能な量)が最大化されます。言い換えれば、各国が得意なものを作り、不得意なものは他から買った方が、みんながより豊かになるということです。

例えば、日本は工業製品(自動車や電子機器など)の生産で高い効率を持つ一方、穀物や資源の生産にはあまり適していません。そのため、日本は工業製品を輸出して稼いだお金で、海外から食料やエネルギー資源を輸入しています。これは日本が工業製品に比較優位を持ち、他国が農産物や資源に比較優位を持つからこそ成り立つ交換関係です。このように比較優位に基づく貿易は、お互いが自分では効率の悪いものを交換によって得ることを可能にし、貿易当事国すべてに利益をもたらすと考えられています​。

もちろん、現実の貿易には関税や輸送コスト、規制、為替レートの変動など様々な要因があります。また、貿易によって恩恵を受ける人もいれば競争に晒されて困難を感じる産業もあり、全員が一様に得をするとは限りません。しかし、少なくとも国全体の経済規模や消費者全体の福利という観点では、比較優位に沿った自由な貿易は総合的な利益を生み出すと経済学では考えられていまk

トランプ政権の関税政策を比較優位の視点から見る

比較優位の考え方が現代でも重要であることは、最近のニュースを例にすると分かりやすいかもしれません。2018年頃から、アメリカのトランプ政権は中国との間で大規模な貿易摩擦(いわゆる「貿易戦争」)を引き起こし、関税を引き上げ合う事態となりました。トランプ大統領はアメリカの巨額の貿易赤字(特に対中国)を問題視し、中国からの輸入品に高関税を課し(いわゆる制裁関税)、報復の応酬によって2018年から2019年にかけて米中両国は激しい関税引き上げ合戦を繰り広げました。その結果、米中双方で数千種類もの輸入品に高率の関税が上乗せされ、米国の平均関税率は第二次大戦以来の水準にまで跳ね上がりました​。

しかし、この政策には比較優位の原則から見て大きな誤解があると多くの経済学者が指摘しました​。そもそも国と国の間で貿易赤字や黒字が生じるのは、それぞれの国が得意なものと不得意なものが違うからです​。例えば、アメリカは飛行機(航空機)の製造には優れていますが、アルミニウムのような素材は他国から安く買うほうが効率的です。だからこそ、アメリカはアルミニウムを輸入し、自国が強みを持つ航空機を輸出するといった形で貿易を行います。その結果、アルミニウムでは輸入超過(赤字)、航空機では輸出超過(黒字)になりますが、これは各国が比較優位に従って得意分野を交換し合った自然な貿易の姿なのです​。

ところがトランプ政権は、このような貿易赤字があたかも相手国の不公正や関税障壁によって生じた不均衡であるかのように捉え、すべての国との赤字を解消しようとしました。これは、比較優位にもとづく貿易の基本を無視した政策と言えます。各国が得意なものを専門に作って交換する以上、ある相手国との間で赤字、別の相手との間で黒字が出るのは当然で、すべての国と貿易収支を均衡させることは本来意味がありません。にもかかわらず赤字をなくそうと関税を課すことは、いわば最も効率的な貿易に罰金を科すようなもので、結局は自国の企業や消費者に損害が及びます。

実際、トランプ政権が発動した追加関税によって、アメリカ国内では輸入品価格の上昇や報復関税による輸出減少が起こりました。ある試算では、トランプ政権の関税措置はアメリカのGDPを約0.8〜1.0%押し下げ、アメリカの平均的な世帯当たり年間約1,200ドル(約13万円)の負担増をもたらすとされています​。中国など各国も対抗措置を取り、米国の農家や製造業者も打撃を受けました。その一方で、期待された対中貿易赤字の大幅縮小という効果も限定的でした。要するに、貿易相手国との比較優位を無視した関税政策は、自国経済にもマイナスの影響を及ぼしうるのです。

まとめ:現代における比較優位の重要性

今日のグローバル経済においても、比較優位の考え方は依然として重要です。国際分業によって製品やサービスが効率的に生産され、私たちは世界中から多様で安価な商品を手に入れることができています。それは各国が比較優位を発揮できる分野に集中し、互いに協力(交易)しているからこそ実現している恩恵です。

近年は保護主義的な動きや地政学リスクによるサプライチェーンの見直しなど、グローバル化に逆風も吹いています。しかし、だからこそ比較優位の原則を正しく理解することが重要です。むやみに貿易を制限すれば、一見自国の産業を守れるように思えても、長期的には消費者利益の損失や報復合戦による世界経済の縮小につながりかねません。比較優位は「他者との違い」を上手に活かして全体のパイを大きくする知恵であり、これは企業の経営戦略や私たち個人のキャリア選択にも通じる考え方です。例えば企業は、自社が強みを持つ事業に資源を集中し、その他は他社に委託したり部品を外部調達したりします。その方が全体として効率が良い場合が多いからです。また、皆さん自身の生活でも、得意なことは自分で行い、苦手なことは他の人に助けてもらったり分担したりした経験があるでしょう。それも広い意味では比較優位を活かした協力と言えます。