本記事は【海運業界:徹底財務分析】10年分の財務データで国内3船社の特徴と、海外船社との差分を知るの番外編として、日本郵船・商船三井・川崎汽船の日本を代表する海運3社の保有する船舶の比較と、財務分析記事で触れられなかった、保有船舶の稼働効率(有形固定資産の稼働率)について分析しています。
情報は主に2023年度決算(2024年5月開示)のものを比較しています。
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邦船3社の船隊構成
以下の3つの表が、日本郵船、商船三井、川崎汽船が2023年度末の決算説明会資料で開示している船隊構成となります。
日本郵船船隊構成(2023年度末)
商船三井船隊構成(2023年度末)
川崎汽船船隊構成(2023年度末)
決算説明会資料で公開している船隊構成は、注釈にも記載がある通り、共有船であったり持分法適用会社の所有する船が含まれており、総合力的な見え方と捉えて良いでしょう。
一方で、有価証券報告書の【主要な設備の状況】には事業セグメントに紐づいた船舶の隻数に加えて帳簿価格が記載されており、資産としての船舶の状況を確認することができます。
例えば、3社の所有(保有)船舶(※傭船除く)の隻数と帳簿価格は以下の表の通り整理できます。
日本郵船 | 商船三井 | 川崎汽船 | |
ドライバルク船隻数 | 120 | 46 | 51 |
ドライバルク船帳簿価格 | ¥220,057 | ¥101,690 | ¥116,936 |
エネルギー船隻数 | 41 | 121 | 24 |
エネルギー船帳簿価格 | ¥252,623 | ¥535,425 | ¥104,397 |
製品物流船隻数 | 79 | 70 | 65 |
製品物流船帳簿価格 | ¥177,838 | ¥101,506 | ¥94,735 |
その他隻数 | 22 | 45 | |
その他帳簿価格 | ¥15,479 | ¥87,252 |
上記を見ると日本郵船はドライバルクの隻数に、商船三井はエネルギー船の隻数に、そして川崎汽船は製品物流船の隻数に(売上対比で見ると)特徴が見られ、それぞれの強みを表しています。
合計すると日本郵船は262隻の船を所有し6,660億円の帳簿価格、商船三井は282隻の船を所有し8,260億円の帳簿価格、川崎汽船は140隻の船を所有し3,160億円の帳簿価格となっています。
船の稼働効率を比較する
さて、【海運業界:徹底財務分析】10年分の財務データで国内3船社の特徴と、海外船社との差分を知るの記事では、以下の通り3社の有形固定資産回転率に大きな差があることが分かりました。
有形固定資産回転率は川崎汽船>日本郵船>商船三井の順に回転率が良く、商船三井とその他2社で2倍近くの差があります。有形固定資産はその多くの比率を船が占める(各社50%強)ため、この記事では各船会社の船の利益創出に対する効率性を分析していきます。
財務データから見る海運ビジネスの収益性と効率性
まずは各社の海運業収益の2021年度〜2023年度の3ヵ年推移を見ていきます。
コロナ禍ということ3社ともに3年間はおおむね右肩上がりですが、22年から23年において商船三井は横ばいになっています。
続いて以下の3つのグラフは各船会社毎の海運業収益の内訳を比率で確認していきます。
日本郵船は貨物運賃がおよそ75%、貸船量がおよそ20%弱程度で推移しています。
商船三井は貨物運賃が70%を切っており、貸船量がおよそ25%強程度で推移しています。
川崎汽船はここ2年貨物運賃が80%弱程度あり、貸船量がおよそ20%を切っています。
上述されている通り、各社の保有隻数や帳簿上の価格に対して、商船三井の海運業収益は相対的に低いといえ、所有する船舶が多い分、貸船料での売上規模が大きくなっていると言えます。
これを1隻当たりの売上高と船舶回転率という指標で見てみると、有形固定資産とその回転率のグラフ傾向と同様に、川崎汽船の船は商船三井の船と比較して2.5倍程良く稼働していると言えます。
商船三井の業績は集中投資しているエネルギー船隊の稼働に応じて上下するといえるでしょう。逆に言えばこの需要の高まりを見越して先行投資していると言えるので、市場の需要が伴って来れば海運業収益の伸びが期待できるとも言えます。
この状態を判断する一つの指標として、「市況エクスポージャー」という物があります。冒頭にあった決算説明会資料にある商船三井船隊構成(2023年度末)の中にも記載されていますが、油送船は186隻中121隻が、液化ガス船は133隻中11隻が市況エクスポージャーと記載されています。
■市況エクスポージャー
商船三井 IR資料より
船舶を中長期に調達(自社保有及び中長期傭船)しているにもかかわらず、短期の貨物輸送契約しか付いていない場合、船舶の調達と運用の期間ミスマッチにより、海運市況変動のリスクを取っている状態となる。商船三井では「中長期調達船で、2年以上の契約が付いていない船」を市況エクスポージャー船と定義し、この割合をモニターしながら、市況変動リスクを適切にコントロールしている。
このようにリスクをとっている状態の船の数を示しているため、数の推移を注目したいところです。
最後に番外編として3社の自社船/傭船比率を並べてみます。
市況エクスポージャーとは違う観点ですが、この自社船と傭船の比率も、市況に応じてバランスをとるものになっています。各社ともおよそ自社船30%、傭船70%の比率で船隊を構成していますが、日本郵船と商船三井はやや自社船比率を高めに行っているようにも見えます。
最後に
ここまで、海運事業の要になる「海運業収益」と資産としての「船」に着目しながら3社を比較してきました。本記事をご覧いただくことで3社の海運業に対する特徴の違いや財務的に見た収益性と、今後どのような展開が想定できそうかイメージを持っていただけたのではないでしょうか。
日本郵船は商船三井と同規模の船隊を持ち、単体ではドライバルク船の保有数が多いことに特徴があります。海運業収益は3社の中でもトップですし、資産としての船の活用状況も3社の中ではバランスが取れています。他の事業セグメントも含めて多様なポートフォリオを持ち、3社の中では比較的変化に対応しやすい体制を整えています。
商船三井はエネルギー船への投資を拡大しており船隊を拡大しています。足元の投資に対して海運業収益事態は追いついてきておらず、市況エクスポージャーが増え一定のリスクを背負っているのが現状です。一方で市況が良くなり需要が拡大すれば、その投資の成果を得ることができるでしょう。
川崎汽船は全体の船隊規模こそ日本郵船と商船三井に劣るものの、製品物流(自動車船やコンテナ船)は隻数においては他2社にも肩を並べています。一隻当たりの売上高や船舶の資産回転率は高く、限られた資産から収益を効率よく生み出すことができています。