鉱工業指数(こうこうぎょうしすう、Index of Industrial Production:IIP)とは、日本の「鉱業」と「製造業」における生産活動を総合的に表す経済指標です。簡単に言えば、国内でどれくらいモノが生産・出荷され、どれくらい在庫として残っているかを指数化したものです。経済産業省が毎月発表しており、日本経済の動きをタイムリーに把握するために広く利用されています。イメージしやすいように言えば、鉱工業指数は日本の工場や鉱山の「活況度」を数字で表したものです。この指数が高いときは工場の生産が活発、低いときは生産が落ち込んでいる状態を示します。
「鉱工業」って何?
鉱工業とは「鉱業」と「工業(製造業)」を合わせた言葉です。鉱業とは金属や石炭、石油などの地下資源を掘り出す産業(鉱山業)のことで、製造業とは工場で原材料から製品を作り出す産業のことです。例えば、鉱業には金や石炭の採掘、石油や天然ガスの掘削などが含まれます。一方、製造業には自動車、機械、電子部品、食品、衣料品、家具、薬品など様々な製品を作る産業が含まれます。サービス業や農業などは鉱工業指数の対象ではなく、この指数はあくまでモノづくり産業の動きを見る指標です。鉱工業指数は経済の基幹統計の一つであり、日本以外でもアメリカやインドなどで同様の指標が公表されています。
鉱工業指数の目的:この指数の目的は、日本の産業活動の動向をいち早く把握することにあります。生産動態統計など既存の生産統計を組み合わせて作成されており(いわゆる二次統計)、カバー率が高く速報性もあるため、政府や企業が景気の現状判断に使ったり、経済政策の参考にしたりします。例えば内閣府の景気動向指数(CI、一致指数)の採用系列の一つにもなっており、景気の山や谷を判定する際にも重要なデータとなっています。要するに鉱工業指数は、「日本の景気温度計」としての役割を果たしているのです。
日本の鉱工業指数の仕組み – 対象範囲と算出方法
対象範囲(構成):日本の鉱工業指数は主に「製造業」と「鉱業」の活動を対象としています。具体的には、製造業全体と鉱業全体の生産動向をまとめた指数が「鉱工業生産指数」にあたります。ただし、経済産業省の統計では「産業総合指数」という参考指標もあり、これは鉱工業に加えて電力・ガスなど公益事業を含めたものです。つまり鉱工業指数自体は製造業と鉱業の動きを示しますが、分析上は電気・ガス業なども加えた広い産業全体の指数を見ることもあります。もっとも、日本において製造業が圧倒的な割合を占め、鉱業はごく一部(石灰石など限られた資源採掘)しかないため、鉱工業指数の動きはほぼ「製造業の動き」と言って差し支えありません。製造業の中でも自動車、電子機器、一般機械、鉄鋼などが大きなウェイトを持ちます(製造業の各業種の重要度は基準年の生産額や付加価値額によって決まります)。例えば輸送用機械(自動車など)や電子部品・デバイス、鉄鋼業といった業種は、指数全体に対する影響が大きい主要業種です。
算出方法:鉱工業指数は基準年を100として算出されます。基準年は5年ごとに見直され、直近では2015年基準から2020年基準への改定が進められています(2023年から移行)。算出手順を簡単に説明すると、経済産業省が毎月実施する「生産動態統計調査」などから約400~600品目の生産数量データを集計し、それぞれの品目について基準年の月平均生産量=100になるよう指数化します。その上で、各品目の指数をLaspeyres(ラスパイレス)式という方法で加重平均して総合指数を算出します。品目ごとの重み(ウェイト)には基準年の各品目の経済規模が反映されており、具体的には工業統計に基づく付加価値額ウェイト(あるいは生産額ウェイト)が使われます。付加価値ウェイトとは、各製品が生み出す付加価値(粗利益に相当)に基づく重み付けで、重複計算を避けて実質的な経済寄与度を測れるため、鉱工業生産指数では主にこちらが採用されています。
- 基準年と指数化:例として「2020年基準」の場合、2020年中の生産量の平均が100となり、ある月の指数が120なら「基準年に比べて20%生産量が多い」、80なら「20%少ない」という意味になります。季節変動を調整した季節調整値も公表され、月々の変化を見る際はこちらが使われます。
- 指数の種類:鉱工業指数にはいくつかの関連指標があります。代表的なものは次の通りです:
- 生産指数:国内で生産された製品の量(数量)を指数化したもの。一般に「鉱工業指数」と言えばこの生産指数を指し、多くのニュースでも取り上げられる中心指標です。
- 出荷指数:工場から出荷された製品の量を指数化したもの。生産されたもののうち実際に市場や次の生産段階に出て行った量を示します。
- 在庫指数:製造業の倉庫などに保管されている製品在庫の量を指数化したもの。企業がどれだけ製品をためこんでいるかを示し、出荷と対比することで需給バランスを読むことができます。
- 在庫率指数:在庫量を出荷量で割った「在庫率」を指数化したもの。在庫が出荷に対して過剰か不足かを見る指標です。一般に在庫率が上がりすぎると将来の減産につながる可能性があり、重要な景気判断材料です。
- 稼働率指数(設備稼働率):製造設備がどれだけ稼働しているか(生産指数と設備能力指数から算出)を示す指標で、確報時に公表されます。工場の操業度合いを見るもので、生産指数では捉えきれない「設備がフル稼働かどうか」を把握できます。
- 生産能力指数:工場設備の生産「能力」(潜在的な最大生産量)の水準を指数化したものです。設備の新増設や廃棄などで変動し、中長期的な供給力の動向を示します。これも確報時に年次などで公表されます。
- 製造工業生産予測指数:製造業企業へのアンケートによる翌月・翌々月の生産見込みを指数化したものです。速報発表時に併せて発表され、景気の先行きを早期に判断するために利用されます。例えば「◯月は前月比+5%増産、翌月はさらに+○%見込み」などの形で公表され、非常に速報性が高いです。ただしあくまで企業計画に基づく予測であり、実際の生産とはずれることもあります(景気上昇局面では企業予測は実績より強気に出やすく、下降局面では逆に弱気に出る傾向があるとされています)。
以上のように、鉱工業指数は単なる一つの数字ではなく、生産・出荷・在庫といった関連する指標群から成っています。これらを総合的に見ることで、「生産と需要のバランスはどうか」「在庫の積み上がり具合はどうか」など、より立体的に産業の状況を把握できるようになっています。
鉱工業指数は何に使われる? – 景気判断やGDPとの関係
景気動向の判断: 鉱工業指数は景気の現状判断や先行き予測に幅広く使われています。特に生産指数は内閣府の景気動向指数(CI)の一致系列に採用されており、景気の山(ピーク)や谷(ボトム)を後から公式認定する際の重要な根拠の一つとなります。例えば「生産が3ヶ月連続で低下し在庫率が急上昇している」といった場合、景気後退入りのシグナルと判断されることがあります。また、速報性が高い(月末に先月分が公表される)ため、四半期ごとにしか出ないGDP統計よりも早く景気の変化を捉えられる利点があります。ビジネスパーソンや政策当局者は、この指数の動きを見て景気対策や企業戦略を検討します。
- GDPとの関係: 製造業は日本のGDPの中でも大きな比重を占める部門です。定義の違いはありますが、広義の鉱工業生産がGDPの3~4割程度を占めているとされ、そのため鉱工業指数の変動はGDP成長率にも大きく影響します。現に、四半期ごとの実質GDPを予測(ナウキャスト)する際には、鉱工業生産指数の動きを用いて製造業部門の寄与度を見積もる手法が一般的です。例えば、生産指数が四半期で大きく上昇していればGDP成長にプラス寄与し、逆に急落すればGDPを押し下げる材料となります。ただし鉱工業指数だけではサービス業や建設業など他の産業の動きは直接分からないため、GDP全体を見るには消費やサービス指標と組み合わせる必要があります。それでも「景気判断で最も重要な指標の一つ」であると言われるほど、鉱工業指数は注目度の高い指標です。月次の速報にマーケット関係者の関心が集まり、発表直後に株価や為替が反応することもあります(あまりに大きな変動があると、日本銀行の金融政策にも影響を与えかねないためです)。
- 業種別動向の把握: 鉱工業指数は総合指数だけでなく業種別の細かいデータも公表されます。例えば「自動車工業」「電子部品工業」「化学工業」など20近い業種ごとに生産指数があり、どの業種が全体を押し上げているか、あるいは足を引っ張っているかが分析できます。これにより「○月は自動車の増産が全体を牽引した」「半導体不足で電子部品の生産が停滞している」といった具体的な景気ストーリーが把握できます。業種別データは企業の需給予測や政府の産業政策検討にも役立っています。たとえば、ある業種の出荷が好調だが在庫も積み上がっている場合、近く生産調整(減産)が起きる可能性があると読み取れますし、逆に在庫が減って出荷が追いつかないようなら増産余地ありと見ることができます。こうした分析を通じて、金融市場では関連銘柄の業績を占う材料にしたり、政府はどの産業に支援が必要か検討したりします。
- その他の使われ方: 鉱工業指数はこの他にも様々な場面で使われています。例えば、日本銀行が金融政策判断で参照する経済データの一つです。またエコノミストが景気報告を書く際には必ずと言ってよいほど登場し、「○月の鉱工業生産は前月比▲○%、○ヶ月ぶり低下。主因は△△産業の不振…」などと分析されます。企業にとっても、自社の業績が属する業界全体のトレンドを知る手掛かりになります。製造業の企業は自社製品が属する業種の指数をチェックし、自社の好不調が業界全体の流れによるものか、個別要因によるものかを判断する材料とします。さらに地方公共団体も地域版の鉱工業指数を作成しており(経済産業局や都道府県ごとの指数)、地域経済の分析にも使われています。例えば愛知県や静岡県など製造業が盛んな地域では、地域鉱工業指数が地域経済報告で重要視されます。
グラフで見る鉱工業指数の推移 – リーマンショック・震災・コロナ禍
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引用:独立行政法人労働政策研究・研修機構早わかり グラフでみる長期労働統計https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0002.htm(2025年6月28日参照)
上のグラフは、日本の鉱工業生産指数(黒線)と完全失業率(灰線)の長期的な推移を示したものです(1953年~2025年、四半期平均)。灰色の陰影部分は景気後退期(山から谷)を表しています。黒線(鉱工業生産指数)の動きを見ると、日本経済の拡大と停滞の歴史が浮かび上がります。高度成長期には右肩上がりで上昇していますが、その後は石油危機やバブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍といった局面で大きく落ち込んでいるのが分かります。
このグラフから読み取れるように、鉱工業指数は景気の波に合わせて大きな山と谷を描いてきました。特に2008~2009年のリーマンショック(世界金融危機)や、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大では、戦後最大級の急落を記録しています。以下では、そうした過去の主な動きを振り返り、直近の水準について解説します。
▼リーマンショック時の急落(2008–2009年)
2008年秋に起きたリーマン・ブラザーズの破綻に端を発する世界的な金融危機は、日本の鉱工業生産を直撃しました。輸出が激減し、自動車や電子機器を中心に「生産が崖から落ちるように減少」したと言われます。実際、2008年11月の鉱工業生産指数は前月比▲8.1%と、それまでで最大の月間下落率を記録しました。この▲8.1%という落ち込みは1953年に統計開始以降最悪のもので、当時大きなニュースになりました。指数の水準自体も、2008年平均が110.7だったものが2009年平均では86.5にまで落ち込み、一年で実に2割以上も生産活動が縮小したことになります。この急激な減産により、日本経済は2008年後半から2009年前半にかけて深刻な景気後退に陥りました。鉱工業指数で見ると、2008年のピーク(リーマン前夜)から2009年初にかけて一直線に谷底まで落ち込み、その後は政府の経済対策や世界経済の持ち直しに伴って徐々に回復していきます。とはいえ一度落ち込んだ生産が元の水準に戻るのには時間がかかり、リーマン前の高水準(2008年頃の水準)を再び上回るのは、実にそれから約10年後、2017~2018年頃になってからでした。
▼東日本大震災の影響(2011年)
2011年3月の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故も、鉱工業指数に急落をもたらしました。震災発生直後の2011年3月の生産指数は前月比▲15%以上の大幅減となり、供給網(サプライチェーン)の寸断や工場被災の影響が如実に表れました。当時の指数水準は87前後まで低下し、これは先のリーマンショック後の谷とほぼ同程度の水準です。震災の場合は自然災害による供給制約が主因だったため、その後の復旧とともに比較的速いペースで生産は持ち直しました。実際、震災から半年~1年ほどで生産はかなり回復し、指数も震災前の水準近くまで戻っています。ただし原発事故による電力不足の影響などもあり、生産構造の見直しやエネルギー制約といった課題は残りました。鉱工業指数はこうした災害時の経済被害の大きさも如実に示す指標です。
▼コロナ禍で過去最大の落ち込み(2020年)
2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、リーマンショックを凌ぐ速度で生産を収縮させました。感染拡大防止のため世界中でロックダウン(都市封鎖)や工場の一時停止が起こり、需要も供給も同時にショックを受けたためです。日本の鉱工業生産指数は2020年春に急落し、4月には前月比▲9.1%という記録的な減少率を示しました。この▲9.1%という月次低下幅は、リーマン直後の2009年1月(▲8.9%)を上回り戦後最悪となりました。指数水準も2020年4月に87.1(2015年=100)まで低下し、東日本大震災直後の水準(2011年3月に87.3)さえ下回る戦後屈指の低水準となっています。需要減(外出自粛による消費落ち込みや輸出減)と部品供給の遅れ、そして工場稼働停止が重なり、主要15業種のうち14業種が前月比マイナスになるという「ほぼオールマイナス」の状況でした。自動車、生産用機械、鉄鋼など大きな業種が軒並みストップし、上昇した業種はパソコン需要に支えられた「情報通信機器」程度という有様でした(テレワーク拡大でノートPC生産だけは急増しましたが、それをもってしても全体の落ち込みを埋められませんでした)。
その後、2020年5月~6月にかけて生産は底を打ち、夏以降は持ち直しに転じます。政府の経済対策や世界的な財政・金融緩和もあり、2021年にはワクチン普及とともに経済活動が再開、鉱工業指数も急速に回復しました。実際、2021年4月には生産指数が99.6に達し、コロナ前の2020年1月(99.1)の水準を上回るまでに回復しています。しかしながら、直近ピークであった2018年10月の水準(105.6)と比べると依然5~6%低い水準に留まっており、完全復活とは言えません。これはコロナ後に直面した新たな供給制約(半導体不足など)や、世界経済の回復力の違いによるものです。つまり、2020年の急落後、V字回復とはいかず「一進一退の持ち直し」にとどまったのが2021~2022年の特徴でした。
▼現在の水準は?(2023~2025年)
では、現在(2023年~2025年頃)の鉱工業指数はどの水準にあるでしょうか。結論から言えば、コロナ前とほぼ同程度か、やや上回るくらいの水準です。ただしピークだった2018年頃には及んでいません。経済産業省が発表した2023年度(2023年4月~2024年3月)の工場出荷・生産の指数(2020年=100)は102.8で、前年度比▲2.0%の低下となりました。これは2年連続のマイナスで、2021年度(コロナ後の反動で上昇)をピークに2022~2023年度とやや弱含んだことを意味します。ただし季節調整済みの月次で見ると、2023年後半から2024年前半にかけて指数は100前後で推移しており、大まかには「基準年並み」の水準を保っています。2020年に一度100を割り込んだ後、2021年に105前後まで持ち直しましたが、2022年以降はやや頭打ちになり、2023年にはわずかながら前年割れとなった格好です。
背景をもう少し補足すると、2022年から2023年にかけては供給制約の解消と需要環境の変化が交錯しました。自動車産業では世界的な半導体不足が徐々に緩和し、生産の巻き返し(挽回生産)が進んで出荷が増加しました。一方で、半導体そのものや半導体製造装置などの分野では、中国などアジアで需要が落ち込み、生産用機械工業が低迷する要因となりました。つまり、「自動車は好調だが、ハイテク設備は不振」という構図でプラスとマイナスが打ち消し合い、全体として横ばい圏の推移だったのです。このように業種間で明暗が分かれる中、鉱工業指数の基調判断も経済産業省によれば「生産は一進一退」と表現されています。
2024年以降の展望としては、自動車など耐久消費財向けの生産は引き続き底堅く推移する見通しですが、海外景気の動向次第では資本財(機械類)の回復が遅れるリスクがあります。総じて言えば、現時点の鉱工業指数は「コロナショックからは概ね回復したものの、直近のピークには届かず、高水準とは言えない」状況です。今後の動きは、部品供給の正常化や中国経済の回復、国内設備投資の動向などに左右されるでしょう。次で、その「最近の製造業の回復傾向」について詳しく見てみます。
製造業は回復している? – 鉱工業指数から読み取る最近の傾向
直近の鉱工業指数の動きを分解すると、製造業の中でも好調な分野と不調な分野が混在していることがわかります。とりわけ注目されるのは、自動車産業の生産持ち直しと、ハイテク部門(半導体関連)の動向です。
- 自動車工業の復調: 2021年から2022年にかけて深刻だった半導体チップ供給不足が、2023年には徐々に緩和されました。その結果、これまで作りたくても作れなかった自動車を一気に生産する「挽回生産」が進み、鉱工業指数を押し上げる要因となりました。たとえばある月には乗用車の生産台数が前月比で大幅増となり、全体の指数を大きく底上げしたケースもあります。自動車工業は鉱工業指数全体の中でもウェイトが大きく、1社(例えばトヨタ)の生産動向が全国の統計に表れるほどです。そのため、半導体不足が解消されてフル生産に近づけば、それだけで指数全体がグッと押し上がる効果があります。経済産業省の担当者も「2023年度は自動車の生産回復が全体の下支え要因となった」とコメントしています。もっとも、一時的に溜まった注文を捌く反動増産という側面もあるため、この勢いが今後も持続するかは注視が必要です。
- ハイテク・電子部品の底打ち: 一方、2022年後半から2023年にかけて世界的に調整局面に入ったのが半導体・電子部品分野です。コロナ禍で旺盛だったパソコン・スマホ需要が一巡し、また米中対立で中国向けの需要が減速したことで、半導体や製造装置の需要が落ち込み、生産用機械工業や電子部品工業が低迷しました。これが2023年度の鉱工業指数が前年比マイナスになった一因です。しかし2024年に入り、半導体市況(シリコンサイクル)に底打ちの兆しが見えてきました。実際、メモリなどMOS型ICの生産は2023年末に2ヶ月連続で大幅増産となり、指数を下支えする場面も出ています。これは「在庫調整が進み、需要が戻りつつある」ことを示唆しており、電子部品・デバイス工業の生産指数も徐々に上向きに転じる可能性があります。仮に半導体分野の回復が本格化すれば、前述の自動車と合わせて鉱工業指数全体の押し上げ要因となるでしょう。
- 弱含む機械・資本財: 対照的に、工作機械や建設機械など資本財関連の生産は伸び悩んでいます。特に中国経済の減速や世界的な設備投資需要の鈍化により、2023年は生産用機械工業の指数が低空飛行を続けました。工作機械の受注減少などから、一部では減産調整も報告されています。ただし国内では製造業の設備投資意欲が底堅く、政府のデジタル・グリーン投資支援策もあって、機械工業が再び活気づく余地もあります。今後、中国や米国の景気が持ち直せば、これら資本財の輸出が増えて生産も回復に転じることが期待されます。それまでは鉱工業指数全体にとってブレーキ役となるかもしれません。
- その他の動き: 食品や生活用品などの非耐久消費財分野は比較的安定した生産推移となっています。コロナ禍では一時在宅需要で食品加工が増えたりしましたが、最近は平常運転に戻りつつあります。また素材産業(鉄鋼・化学など)は、中国向け輸出の減少で低迷気味ですが、脱炭素投資やインフラ需要など明るい材料もあります。電力やガスなど公益事業は鉱工業指数の対象外ではありますが、工業生産と連動する部分が大きく、製造業の生産活動が活発になれば電力需要も増える傾向があります。
以上のように、鉱工業指数を細かく見ると「製造業の中身」が見えてきます。最近では、自動車と電子部品という日本の製造業を代表する2分野が対照的な動きをしていましたが、その差が徐々に縮まりつつあるのが注目点です。総合指数としては横ばいに見えても、中では静かに産業の新陳代謝が起きているとも言えるでしょう。ビジネスパーソンにとっては、「自社業界は指数全体と比べてどうなのか?」を知ることで景況感の把握に役立ちますし、投資家にとっても強い産業と弱い産業を見極める材料になります。鉱工業指数はそのような洞察を与えてくれる指標なのです。
サプライチェーンの変化が与える影響 – 半導体不足と国内回帰の動き
近年、鉱工業指数の動向に大きな影響を与えた要因としてサプライチェーン(供給網)の変化が挙げられます。特に、半導体不足や地政学リスクによる部材調達の見直し、海外生産への依存度低下(国内回帰)などが、生産動向を左右しています。ここではサプライチェーン問題と鉱工業指数の関係を見てみましょう。
▼半導体不足の打撃と解消効果: 2020年~2022年にかけて世界的に半導体チップが不足し、自動車産業を中心に計画通り生産できない事態が発生しました。日本でも「必要な部品が手に入らずラインを止める」ケースが相次ぎ、その結果、生産指数が本来の需要水準より低く抑えられてしまいました。つまり、サプライチェーン由来の供給制約が鉱工業指数を押し下げたのです。この影響は先述の通り、自動車生産の停滞として表れ、2021年頃の回復ペースを鈍らせました。しかし裏を返せば、供給制約が解消すれば生産は反発します。実際、2023年に半導体不足が緩和されると、自動車の「部品待ち」状態が解消され、一気に生産が回復しました。これは鉱工業指数にプラスの押し上げ要因として現れました。つまりサプライチェーンのボトルネックは指数の振れを大きくし得る要素であり、その解消・再燃には注意が必要です。例えば、今後も電子部品や原材料の不足(あるいは価格高騰)が発生すれば、同様に生産調整が余儀なくされ指数にマイナス影響が及ぶでしょう。逆に新たな代替供給源の確保や在庫戦略の強化でリスクを乗り切れば、生産の安定性が増し指数の急変動も減ると考えられます。
▼海外依存から国内生産へ: コロナ禍を契機に、「重要製品を海外に頼りすぎるリスク」が認識されました。これを受けて日本政府は経済安全保障の観点からサプライチェーン強靭化策を打ち出し、企業の国内生産回帰や調達先多元化を支援しています。例えば経済産業省は「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」というスキームを設け、海外に集中している部品・素材の国内生産拠点整備に対する補助を行っています。2023年度補正予算では約1兆9,800億円もの巨額を計上し、半導体や蓄電池などの国内工場建設支援に充てました。こうした政策の結果、半導体分野では台湾のTSMCが熊本県に工場を建設(2024年稼働)するなど、国内投資の拡大が進んでいます。サプライチェーンの見直しは短期的に鉱工業指数へ劇的な変化を及ぼすものではありませんが、中長期的には国内の生産能力増強につながります。例えば海外から輸入に頼っていた半導体を国内で生産できるようになれば、その分だけ将来の鉱工業生産指数を押し上げるポテンシャルが生まれます。また部品供給の安定化によって生産の振れ幅が小さくなる(=指数が安定する)効果も期待できます。逆に、地政学リスクなどで特定国からの原材料供給が断たれるといった事態になれば、指数が大きく落ち込むリスクもあります。鉱工業指数はグローバルなサプライチェーンの影響を直接反映する指標であり、企業の調達戦略や貿易政策とも深く結びついているのです。
▼今後の課題: サプライチェーン変革期において、鉱工業指数を見る際には「国内供給力の変化」にも注目が必要です。例えば製造工業生産能力指数(国内工場の能力)がこの10年で緩やかに低下傾向にあることが指摘されています。国内生産能力が縮小し続ければ、いざ需要が回復しても生産が追いつかず、供給不足が経済成長の制約になる恐れもあります。今まさに政府や企業が取り組んでいる国内投資促進策は、この生産能力の低下に歯止めをかける狙いがあります。鉱工業指数を追いかける上では、こうした「作る力」**そのものの動向(設備投資や人材確保の状況など)にも目を配り、数字の背後にあるストーリーを読み解くことが重要でしょう。サプライチェーンの行方次第で、日本の鉱工業指数の描く未来のラインが大きく変わる可能性があることを最後に付け加えておきます。
最近のニュースと鉱工業指数 – 生産回復・国内投資・輸出入動向の関係
最後に、鉱工業指数に関連する最近の主な時事ニュースと、その関係について整理します。製造業の生産回復や国内投資の拡大、そして輸出入環境の変化は、日々のニュースでも取り上げられるトピックです。鉱工業指数と結びつけて見ることで、ニュースの背景がよりクリアになります。
▼製造業の生産回復に関するニュース:
ここ1~2年、「○○メーカーが増産」「生産ライン増強」といったニュースが目立っています。例えば自動車各社の生産台数回復に関する報道があります。トヨタ自動車などは2023年度、世界生産が過去最高水準に達したとのニュースが出ました。これは半導体不足が解消し、コロナ禍で落ち込んだ販売を取り戻すためフル生産を続けているからです。鉱工業指数でも、自動車工業の生産指数は2023年に前年を大きく上回り、複数の月で全体指数の伸びにプラス寄与しました。また電機メーカーでは、先進国のインフラ需要やデジタル需要を背景に生産が底堅い企業もあります。例えばロボットや工作機械の増産計画が報じられると、それは生産用機械工業の指数押し上げにつながるでしょう。さらに、「産業用ロボットの受注が最高」などのニュースは製造業の先行きを示す明るい材料で、近い将来の鉱工業指数に好影響を及ぼす可能性があります。
▼国内投資拡大・工場新設のニュース:
先述のTSMCの工場新設をはじめ、最近は国内に新工場を建設する動きが各所で見られます。半導体だけでなく、蓄電池工場や電気自動車(EV)関連工場など、次世代産業への大型投資が相次いで発表されています。「○○社、○○県に新工場建設へ」「政府が◯◯億円補助」などのニュースは、将来的な鉱工業指数にとって供給力拡大の種となります。例えば、ある電池メーカーが年間○万個の車載電池を生産できる新ラインを作れば、その分だけ国内の生産指数が上乗せされるポテンシャルが生まれます。また既存メーカーの増産投資(工場増築やライン増強)も盛んです。これら投資が実際の生産立ち上げに結びつくのは1~2年先かもしれませんが、ニュースとして報じられる段階で投資家や経済評論家は「将来の鉱工業指数押し上げ要因」として注目します。逆に工場閉鎖や生産撤退のニュースはマイナス要因です。例えば海外移転で国内工場を閉めるニュースがあれば、該当分野の国内生産指数は縮小していく可能性が高いでしょう。もっとも近年は経済安保の追い風もあり、大規模な製造業撤退のニュースは以前より減っています。むしろ「国内回帰」のニュースの方が増えており、これは中長期的に日本の鉱工業指数にプラスと言えます。
▼輸出入環境の変化に関するニュース:
日本の製造業は輸出に支えられている部分が大きいため、為替レートや海外需要に関するニュースも鉱工業指数と切り離せません。例えば「円安ドル高が進行、輸出企業に追い風」といったニュースは、自動車や機械の輸出採算が向上し、生産拡大につながりやすくなります。実際、2022年から2023年にかけて歴史的な円安となったことで、自動車メーカーなどでは輸出を増やす動きがあり、生産を後押しした面があります(円安=海外での日本製品価格が割安になるため販売増 → 生産増)。反対に「世界経済の減速で輸出低迷」「中国景気の減速で工作機械の受注減」などのニュースは、鉱工業指数にとってマイナス材料です。2023年はまさに中国や欧米向け資本財輸出の低迷が日本の生産減少要因となった年でした。輸出数量が大きく落ち込めば、生産指数にも跳ね返ります。また輸入面では、原材料価格や調達の円滑さが問題になります。「原油価格高騰」や「資源価格急落」といったニュースは、エネルギーや素材産業の生産計画に影響します。例えば原油高で石油精製が採算悪化すれば精製量が減り、その分生産指数も伸び悩むかもしれません。反対に資源安はコスト減となり生産を後押しするでしょう。もっと直接的には「港湾の物流停滞」「通関トラブルで部品届かず」といったニュースもあり、これはサプライチェーン寸断として生産指数に跳ね返ります(実際、2021年に東南アジアのコロナ禍で部品輸入が滞り、日本の工場が減産に追い込まれたことがありました)。このように輸出入環境の変化は鉱工業指数にダイレクトに効いてくるため、ニュースを見た際には「これは生産指数にどう影響するかな?」と考えてみると理解が深まるでしょう。
以上、『鉱工業指数』について日本の状況を中心に解説しました。鉱工業指数は少し専門的な統計指標ですが、その意味するところを平易に言えば「日本のモノづくりの元気さを表すバロメーター」です。景気やニュースとの関連もお分かりいただけたでしょうか。日々のニュースと経済統計を結びつけて読むことで、景気の変化をより早く感じ取ることができます。鉱工業指数はその格好の材料です。ぜひ今後、月末に発表されるこの指数の動向に注目してみてください。それは日本経済の鼓動そのものを感じることにつながるでしょう。各種グラフやデータも活用しつつ、ビジネスに高校で習う知識にと、幅広く役立てていただければ幸いです。
引用
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%B1%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E6%8C%87%E6%95%B0
鉱工業指数|はじめての投資|乙女のお財布(東海東京証券)
https://www.tokaitokyo.co.jp/otome/investment/finance/business/industry.html
鉱工業指数(広島県版データ・PDF)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/219946.pdf
鉱工業生産指数(日本)の推移とチャート・最新データ速報|株式マーケットデータ
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https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/iip/information2023.html
日本・鉱工業生産(速報値)|経済指標|みんかぶ(FX)
https://fx.minkabu.jp/indicators/JP-IPP
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鉱工業生産20年4月-リーマン・ショック時を上回る減産幅に|ニッセイ基礎研究所
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64564?site=nli
鉱工業生産21年4月-生産はコロナ前の水準を上回る|ニッセイ基礎研究所
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67888?site=nli
2020年4月分鉱工業生産指数・速報値について|ゴールドオンライン
https://gentosha-go.com/articles/-/27159
Japan’s industrial output falls 2.0 pct in FY 2023|Xinhua(新華社)
https://english.news.cn/asiapacific/20240430/03a7596b2ebe411e99d1f0c046649eb2/c.html
Japan industrial output falls for 2nd year in row on weak chip demand|Emirates News Agency
https://www.wam.ae/en/article/b2x1760-japan-industrial-output-falls-for-2nd-year-row
2023年11月鉱工業生産|大和総研(PDF)
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20231228_024174.pdf
サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金|経済産業省
https://www.meti.go.jp/covid-19/supplychain/index.html
TSMCが熊本県に進出する理由とは?市場に与える影響や懸念点を徹底解説|パラダイムシフト
https://paradigm-shift.co.jp/media/tsmc-kumamoto/
低下が続く日本の国内生産能力|みずほリサーチ&テクノロジーズ(PDF)
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/2025/pdf/insight-jp250122.pdf