こんにちは、国際貿易動向を伝えるメディアLanesです。(Xはこちら)本記事ではポール・クルーグマンらが提唱した【新貿易理論】をできるだけわかりやすく解説していこうと思います。

はじめに

貿易とは国と国との間で物やサービスをやり取りすることです。伝統的な貿易理論では、「比較優位」に基づいて各国が得意なものを輸出し、不得意なものを輸入すると考えます。例えば、ある国は気候に恵まれて果物作りが得意なら果物を輸出し、代わりに機械など別の国が得意な製品を輸入するといった具合です。しかし現実の貿易を見ると、日本とドイツがお互いに自動車を輸出し合うように、似たような産業同士での貿易(産業内貿易)も多く存在します。こうした現象は従来の理論だけでは説明が難しく、新しい視点が必要となりました。

本記事では、その新しい視点である新貿易理論について、高校生にもわかるようにやさしく解説します。まず新貿易理論とは何かを説明し、従来の貿易理論との違いを比較します。次に、新貿易理論の主要な概念(規模の経済、製品差別化、独占的競争など)を順番に見ていきます。また、新貿易理論が経済にもたらした影響について触れ、最後に近年話題となっているサプライチェーン問題を新貿易理論の視点から考察してみます。

貿易3

新貿易理論とは

新貿易理論(しんぼうえきりろん、New Trade Theory)とは、1970年代から80年代にかけてポール・クルーグマンやエルハナン・ヘルプマンなどの経済学者が提唱した国際貿易の理論です。それまでの貿易理論が説明できなかった現象、例えば国同士の経済規模や産業構造が似通っていても貿易が起こる理由を解明しようとするものです。新貿易理論の特徴は、規模の経済(後述)や製品差別化といった要因、そして独占的競争の市場構造をモデルに取り入れている点にあります。

新貿易理論が生まれた背景には、先ほど述べた産業内貿易の増加があります。従来の理論(リカードモデルやヘクシャー=オリーン・モデルなど)では、国ごとの比較優位に基づき「ある産業の財を輸出し、別の産業の財を輸入する」という産業間貿易しか予測できませんでした。しかし現実には同じ産業の財を互いに輸出入する産業内貿易が盛んに行われています。新貿易理論は、この比較優位によらない貿易を説明するために提案された理論であり、たとえ国家間で経済発展の水準や産業構造、資源の豊かさが同じであっても貿易が起こり得ることを示しました。

要するに、新貿易理論とは「国の違いがなくても貿易が利益をもたらす」理由を示した新しい国際貿易の考え方です。例えば、日本とドイツがどちらも自動車産業を持っていても、それぞれが異なる種類の車を大量生産・輸出し合うことで、双方の消費者はより多くの種類の車から選べるようになります。次章では、この理論の核となっている考え方(規模の経済、製品差別化、独占的競争)を具体的に見ていきましょう。

従来の貿易理論との違い

新貿易理論を理解するために、従来の貿易理論(古典的な国際貿易理論)との違いを簡単に整理しましょう。

  • 従来の貿易理論(比較優位に基づく理論): リカードの比較生産費説やヘクシャー=オリーン・モデルなどでは、国ごとの技術力や資源の違いにより比較優位が生まれ、それぞれの国は自国が相対的に得意な財を専門に生産して貿易すると説明します。例えば「イギリスは布を、ポルトガルはワインを生産して交換する」といった具合です。この場合の貿易は主に産業間貿易であり、一国がある産業の財を輸出したら別の産業の財を輸入する形になります。前提として完全競争(企業が価格に影響を与えられない競争市場)や規模に関する収穫一定(生産量を増やしても効率は変わらない)などが仮定されています。
  • 新貿易理論: 一方、新貿易理論では国同士の違いがなくても貿易が起こると考えます。そのカギとなるのが規模の経済(生産規模が大きいほど効率が上がる)と製品差別化(製品に多様な種類がある)です。同じ産業の中で異なる種類の商品を各国が生産し合い、それを貿易することでお互いに多様な製品を得られるという形になります。つまり、新貿易理論は産業内貿易を説明する理論なのです​。実際に、先進国同士の貿易では自動車×自動車、機械×機械のように産業内貿易が広く行われていることが知られています​。

このように、新貿易理論は「国の類似性」や「規模の効果」に着目している点で従来理論と異なります。従来の理論では無視されていた不完全競争(企業が市場である程度の価格決定力を持つ状態)や収穫逓増(生産量が増えると費用あたりの収穫が増える=コストが下がる)を考慮に入れているのが新貿易理論の特徴です。その結果、新貿易理論では「市場が大きく、集約生産できた国がその産業で有利になる」「消費者は貿易によってより多くの選択肢を得られる」といった結論が導かれます。次の章で詳しく説明する主要概念が、新貿易理論と従来理論の違いを支えるポイントです。

新貿易理論の主要概念

新貿易理論を支えるいくつかの重要な概念について、ここで整理しておきましょう。専門的な用語も出てきますが、一つ一つ平易な言葉で定義しながら説明します。

  • 規模の経済(スケールメリット):規模の経済」とは、生産の規模が大きくなればなるほど製品1つあたりの平均コストが下がる現象のことです。簡単に言えば「たくさんまとめて作れば作るほど、一個あたり安く作れる」ということです。なぜそうなるかというと、生産には工場の建設費や機械設備の費用といった固定費がかかりますが、多く生産すればその固定費を多数の製品で分け合えるため、製品あたりの負担が軽くなるからです。また、大量生産による仕入れ値引きや作業の効率化などの効果も加わり、総合的にコストが低下します。規模の経済によって平均コストが下がるメリットを「スケールメリット」とも呼びます。逆に、生産規模を拡大しすぎて管理が行き届かなくなるとコストが上昇に転じる場合があり、これは「規模の不経済」と呼ばれます。
規模の経済によるコスト低下
規模の経済によるコスト低下

図は規模の経済によるコスト低下のイメージを示したものです。横軸は生産量(Quantity)、縦軸は製品1個あたりの費用(Cost per unit)を表しています。青い曲線は平均費用の変化を描いたもので、生産量が少ないうちは一個あたりの費用(例えば図中の点C1)が高いですが、生産量を増やすにつれて費用はどんどん低下し、C2のように小さくなっていきます。点線で示したQ1からQ2への生産量拡大によって、平均費用がC1からC2まで下がったことが読み取れます。このように大量生産によってコストを引き下げられることが、新貿易理論で重視される規模の経済の効果です。

  • 製品差別化:製品差別化」とは、他社の製品とは異なる特徴を自社製品にもたせることです。具体的には、商品の品質、機能、デザイン、アフターサービス、販売方法など価格以外の部分で差をつけて顧客にアピールする戦略を指します。例えば、同じ「車」という製品でも、あるメーカーは燃費の良さを売りにし、別のメーカーはデザインの高級感を特徴にする、といった具合に差別化が行われます。こうした製品差別化により市場には様々なバリエーションの商品が存在し、消費者は自分の好みに合ったものを選ぶことができます。新貿易理論では、この「消費者は多様な製品があると嬉しい(効用が高まる)」という点を重視します。実際、貿易によって手に入る製品の種類(バラエティ)が増えることは消費者にとって大きな利益であり、国際貿易のメリットの一つとされています。
  • 独占的競争:独占的競争」(どくせんてききょうそう、Monopolistic Competition)とは、市場に多くの企業が存在して互いに競争しているが、各企業の製品が差別化されていてそれぞれ多少の独占力(価格を自分で決められる力)を持っているような市場状態を指します。簡単に言えば「たくさんのライバル企業はいるけれど、全く同じ商品を売っているわけではないので、各社が自社の商品にファンを持っている」ような状況です。例えば、街には多数の飲食店がありますが提供する料理や雰囲気が店ごとに異なるため、それぞれの店が自分なりの価格設定でお客を引きつけていますよね。このように多くの企業による競争(競争的な側面)と各企業の製品の独自性(独占的な側面)が同時に存在する市場が独占的競争です。新貿易理論のモデルでは、この独占的競争の形を前提としています。それによって、一国の企業数や製品の多様性、価格競争力などがモデルの中で考慮され、より現実的な貿易パターンが説明できるようになります。

以上の3つの概念が新貿易理論の核となります。まとめると、新貿易理論では「企業は大量生産(規模の経済)によってコストを下げようとし、各社が特徴ある商品(製品差別化)を作ることで消費者はさまざまな選択肢を得られ、市場には多くの企業が参入できる(独占的競争)」と考えます。その結果、たとえ国同士に比較優位の差異がなくても、お互いに違った種類の財を規模拡大して生産し合うことで貿易が成立し、双方に利益がもたらされるのです。

新貿易理論の影響

新貿易理論が登場したことで、国際経済の見方にはいくつかの重要な変化が生じました。この理論の主な影響をいくつか挙げてみます。

  • 産業内貿易の理解が進んだ: 新貿易理論により、先進国同士で同じ産業の製品を貿易する現象が理論的に説明できるようになりました。これにより、現実の貿易パターン(例えば日本とドイツがお互いに自動車を輸出し合う状況)も「お互いが規模の経済を追求しつつ、異なるブランドやモデルの車を交換している」と理解できます。統計的にも、先進国間の貿易の大部分が産業内貿易で占められていることが確認されており、新貿易理論はそのメカニズムを裏付ける理論となりました。
  • 消費者利益(バラエティ増大)の強調: 従来の貿易理論では主に生産の効率性に注目していましたが、新貿易理論は消費者が得られる多様な財の恩恵にも光を当てました。貿易によって市場規模が拡大すると、各企業は製品の種類を増やしたり新製品を投入したりできます。その結果、国内だけでは手に入らなかった種類の商品を消費者が享受できるようになります。例えば、日本にいながら各国の様々なお菓子や車種を手に入れられるのは、貿易のおかげです。この「選択肢の増加による消費者満足の向上」は新貿易理論が強調する貿易の利点であり、貿易政策を評価する新たな基準にもなりました。
  • 政策への示唆: 新貿易理論は一部の政策論議にも影響を与えました。例えば、規模の経済が重要であることから、「ある産業で先に大規模生産を始めた国が有利な立場を占め、その地位が固定化する可能性」が示唆されます。これは政府が戦略的に自国産業を育成・保護すれば、後から参入する他国より有利に立てるかもしれないという考えにつながります(戦略的貿易政策と呼ばれます)。実際に1980年代には、航空機産業などで欧米の政府が自国企業に補助金を出し、規模拡大を後押しした例があります。ただしこのような政策は相手国の反発を招き報復措置を誘発する恐れもあるため、常に成功するわけではありません。新貿易理論は「規模の経済による利益」と「市場寡占化のリスク」を示したに過ぎず、現実の政策判断には慎重さが求められるという点も付け加えておきます。
  • 新たな理論への発展: 新貿易理論はその後の国際経済学にも影響を及ぼし、1990年代以降には「新々貿易理論(異質な企業モデル)」と呼ばれる新展開が現れました。これは企業ごとの生産性の違いに着目し、貿易を行う企業と行わない企業の差異を分析するものです。新々貿易理論では、生産性の高い一部の企業だけが輸出に乗り出し、国内市場では生産性の低い企業が退出していくという動き(企業の新陳代謝)を説明します。こうした発展も、新貿易理論がもたらした視点(不完全競争や規模の経済の重視)が基礎にあると言えるでしょう。

以上のように、新貿易理論は国際貿易の理解を深め、多様な影響を与えてきました。提唱者のポール・クルーグマン氏はその功績により2008年にノーベル経済学賞を受賞しています(受賞理由は「新しい国際貿易理論と経済地理学の確立」でした)。現在では、新貿易理論の考え方は経済学の教科書にも取り入れられ、標準的な知見の一部となっています。

サプライチェーン問題と新貿易理論

貿易4

近年、「サプライチェーン」という言葉がニュースなどで頻繁に聞かれるようになりました。サプライチェーンとは、原材料の調達から製造、流通、販売に至るまでの供給網のつながりのことです。グローバル化が進んだ現代では、一つの最終製品が出来上がるまでに複数の国を経由することも珍しくありません。例えば、スマートフォンの部品を各国で作り、組み立ては別の国で行い、完成品を世界中で販売するといった具合に、国際的なサプライチェーンが張り巡らされています。

しかし、このグローバルなサプライチェーンは近年いくつかの大きな試練に直面しています。代表的な例が新型コロナウイルスのパンデミックによる工場の稼働停止や輸送の混乱、そして地政学的リスクの高まり(米中対立や地域紛争など)による供給網の分断です。2020年以降、世界各地で重要部品の供給が滞り、自動車産業で半導体(チップ)が不足するといった問題が発生しました。このような経験から各国・企業は、特定の国や企業に重要な調達先を頼りすぎることの危険性を再認識しています。経済産業省の報告書でも「コロナ禍や半導体不足をきっかけに、特定国への過度な依存はサプライチェーンの混乱につながるとの認識が共有された」と指摘され、可能な限り調達先の多様化や在庫の備蓄などでリスクに備えるべきだと述べられています。

では、こうしたサプライチェーン問題を新貿易理論の視点から考えると何が言えるでしょうか。新貿易理論は、企業が規模の経済を追求して効率を上げるために生産を集約し、各国はそれぞれ得意な製品を大量生産するようになると考えます。その結果、国際的に見ると「ある製品はこの国で集中的に作られ、別の部品はあの国で作られる」という分業体制が生まれやすくなります。これは一面では非常に効率的で、世界全体の生産コストを下げて消費者にも安価な製品を供給できるメリットがあります。しかし同時に、その製品や部品に関して供給源が集中してしまうというリスクも孕みます。

たとえば、世界のある地域だけで重要な半導体を大規模生産していた場合、その地域が災害やパンデミック、紛争などで操業不能になると、世界中の関連産業が一斉に困ってしまいます。新貿易理論に従えば、生産の集積は効率のため自然な流れですが、集積の裏返しとしての脆弱性がサプライチェーン問題で露呈したと言えます。実際、各国政府や企業は近年「効率一辺倒ではなくレジリエンス(回復力)も重視しよう」という方針を打ち出しています。重要品目については生産拠点を国内にも確保したり、複数の国から調達できるようにしたりする動きが出てきました。また在庫をあまり持たないジャストインタイム生産の手法も、非常時には融通が利かないため見直す声があります。

新貿易理論の視点から見ると、グローバル化による効率追求(規模の経済の追求)と供給網の冗長性確保(リスク分散)とのバランスが課題として浮かび上がります。経済学的には、大規模生産によるコスト削減と、万一の停止に備えて多少割高でも予備の生産ルートを持つことはトレードオフ(どちらかを取れば一方が犠牲になる関係)にあります。各企業や国は、この効率と安全保障のバランスを再評価するようになりました。例えば日本でも、経済安全保障の観点から特定国に依存したサプライチェーンを強靱化する(多元化する)施策が進められています。

まとめると、新貿易理論が示すようなグローバル分業体制そのものは、多くの場合において各国・企業に利益をもたらしてきました。しかし想定外の事態が起これば、その効率的なサプライチェーンが一転して脆弱性となる恐れがあります。今後は、規模の経済によるメリットを活かしつつも、戦略的に生産拠点を分散させたり在庫を持ったりして、効率と安定のバランスを取ることが課題となるでしょう。新貿易理論はグローバル経済の恩恵を説明してくれますが、その恩恵を持続可能な形で享受するためにはリスク管理の視点も不可欠であることをサプライチェーン問題は教えてくれています。

まとめ

新貿易理論は、「なぜ似たような国同士で貿易が行われるのか?」という疑問に答えるために登場した理論でした。ポイントは以下の通りです。

  • 規模の経済によって大量生産すればコストが下がり、同質の国同士でも貿易するインセンティブが生まれる。
  • 各企業が製品差別化した多様な商品を生産し、独占的競争の下で多数の企業が市場に参入することで、消費者は貿易を通じて多様な製品を得られるメリットがある。
  • 新貿易理論は従来の比較優位論だけでは説明できない産業内貿易を理論的に説明し、現実の貿易パターンの理解を深めた。
  • グローバルな規模拡大と分業のメリットを享受する一方で、近年のサプライチェーン問題は生産集積によるリスク管理の重要性も浮き彫りにした。

新貿易理論は、高校の教科書にはまだ深く載っていないかもしれませんが、現代の貿易を語る上で欠かせない考え方です。国際経済のニュースを見る際も、「各国がどういった規模の経済を活かしているのか」「供給網の効率とリスクはどうか」といった視点で捉えると理解が深まるでしょう。世界経済は今後も変化し続けますが、新貿易理論の基本はグローバルな経済活動を読み解く大きな手がかりとなります。ぜひ本記事の内容を踏まえて、国際貿易や世界の産業の動きに注目してみてください。複雑に見える世界経済も、規模の経済や製品差別化といったキーワードで紐解けば、その仕組みが少しずつクリアに見えてくるはずです。