こんにちは、国際貿易動向を伝えるメディアLanesです。(Xはこちら)本記事では【保護主義】についてできるだけわかりやすく解説していこうと思います。
はじめに
近年、世界の貿易をめぐって「保護主義」という言葉を耳にする機会が増えました。保護主義とは、自国の産業を守るために政府が輸入品に関税(かんぜい)や輸入制限を課す政策を指します。一方で、関税を撤廃し自由に貿易を行う「自由貿易」の重要性も広く語られており、両者のバランスをどう取るかが国際経済の課題となっています。高校生にも理解しやすいように、本記事では貿易における保護主義について、基本用語の定義からその手段、メリット・デメリット、自由貿易との比較、さらに米中貿易摩擦(2018年以降)の事例まで解説します。

保護主義とは
保護主義(ほごしゅぎ)とは、外国との貿易において自国産業の保護や安定を目的に、政府が貿易に介入し輸入品に対して制限をかける政策全般を指します。具体的には、輸入品に税金をかけたり輸入量に上限を設けたりして、安価な外国製品が国内市場に流入し過ぎるのを防ぎます。その結果、国内企業は過度な競争にさらされずに済み、雇用や産業の維持が図られます。保護主義は19世紀の重商主義以来みられる政策で、20世紀前半には主要国がこぞって保護貿易に走った結果、世界経済が停滞し第二次世界大戦の一因になったとも言われます。この反省から、戦後は関税と貿易に関する一般協定(GATT)や世界貿易機関(WTO)の枠組みのもとで自由貿易が推進されてきました。しかし近年、一部の国が「自国第一」を掲げて保護主義的な措置を強化し、国際協調に揺らぎが生じています。
保護主義の主な手段
保護主義政策はさまざまな方法で実行されます。ここでは代表的な手段である関税、輸入制限(輸入枠・数量制限など)、およびそれに関連して生じる報復関税について説明します。
- 関税(かんぜい): 関税とは、外国からの輸入品に対して政府が課す税金のことです。輸入品に関税をかけるとその商品の国内価格が上昇し、結果的に輸入量を減らす効果があります。例えば、100円で輸入できる商品に20%の関税を課すと、国内ではその商品は120円で販売されます。これにより、外国製品の価格が相対的に高くなり、国産品が競争しやすくなります。関税収入は政府の財源にもなりますが、主な目的は保護関税として国内産業の競争力を守ることにあります。関税には、価格に応じて課税する従価税や数量単位ごとに課税する従量税などの種類がありますが、基本的な効果は「輸入品の価格引き上げによる国内産業保護」です。

図: 関税による価格変動と輸入量の変化。横軸は数量、縦軸は価格を示す。青の線は需要曲線、橙の線は供給曲線である。緑の破線は関税がない場合の世界市場価格(Pw)で、この価格では国内供給(S)と国内需要(D)の差(緑色の太線部分)が輸入量となる。赤の破線は関税賦課後の価格(Pw+t)で、価格上昇により国内供給(S’)が増加し国内需要(D’)が減少するため、輸入量(赤色の太線部分)は縮小する。関税により輸入品価格が上昇すると輸入量が減り、国内生産が相対的に増えることがわかる。
- 輸入制限: 関税以外にも、政府は直接的に輸入数量を制限することがあります。代表例が輸入割当(quota)で、特定の品目について一定期間に輸入できる数量や金額に上限を定める措置です。例えば「年間◯◯トンまでしか輸入してはいけない」という規制を設ければ、それ以上は輸入できなくなります。その結果、国内市場でその製品の供給が絞られ、価格競争から国内産業を守ることができます。輸入制限には他にも、特定国からの輸入禁止措置や安全基準・衛生基準を厳しく設定して実質的に輸入を難しくする非関税障壁などがあります。いずれも狙いは共通で、海外から安価な製品が大量に入ってくるのを防ぎ、国内産業が受ける打撃を緩和することにあります。
- 報復関税: 保護主義的な措置の連鎖として重要な概念が報復関税(ほうふくかんぜい)です。他国が自国に対して関税引き上げや輸入制限を行った場合、対抗措置として相手国からの輸入品に関税を課すことを指します。つまり「あなたの国がうちの商品に高い関税をかけるなら、こちらもあなたの国の商品に高い関税をかけます」という対応です。このような報復関税の応酬がエスカレートすると、互いに関税を掛け合う貿易戦争(trade war)に発展します。報復関税は一国だけでなく双方の貿易に悪影響を及ぼすため、WTOなどの場で紛争解決が図られる場合もありますが、近年では大国同士が報復の応酬を繰り広げるケースが見られ、世界経済の不確実性を高めています。
保護主義のメリットとデメリット
保護主義的な政策には、支持される理由(メリット)と批判される理由(デメリット)の両方があります。ここでは主なメリットとデメリットを整理します。
メリット(利益)
- 国内産業の保護と雇用維持: 保護主義最大の利点は、安価な外国製品との競争から国内企業を守り、倒産や失業の増加を防げることです。とりわけ発展途上の幼稚産業(ようちさんぎょう)は、十分な競争力をつけるまで国際競争にさらされると成長前に潰れてしまう恐れがあります。政府が一時的に保護して育成すれば、将来的に自立して国際市場で戦える産業に成長する可能性があります。この考え方から、19世紀にはドイツのリストなどが幼稚産業保護を主張しました。また、輸入を減らすことで国内製造業の生産が増え、人員削減を回避できれば雇用の安定につながります。例えばアメリカが2018年に洗濯機へ高関税を課した際には、一部の工場が国内生産を増やし約1800人の雇用が創出されたとする研究結果もあります。
- 貿易赤字の是正: 輸入の制限は、貿易赤字(輸入額が輸出額を上回る状態)の縮小につながると期待される場合があります。輸入品に高い関税をかければ輸入量が減り、自国で生産・消費する割合が増えるため、貿易収支が改善する可能性があります。特に、自国の産業競争力が弱く輸入超過になっている分野で関税を上げれば、輸入品の需要が国産品に置き換わり、結果的に輸出入のバランスが良くなるという主張です。ただし実際には為替レートや代替供給源など他の要因も絡むため、思惑通りに赤字が減るとは限りません。
- 国家安全保障の確保: 安全保障上重要な産業を保護できる点もメリットとされます。例えば食料やエネルギー、先端技術産業などは他国への依存度が高すぎると有事の際に困るため、敢えて保護主義的政策で国内生産を維持することがあります。特定の軍事技術やインフラ関連製品は輸入を制限してでも自国で生産することが戦略的に重要です。このように「国防上必要な産業を守る」という観点からの保護は、多くの国で例外的に認められています。
デメリット(損失)
- 消費者負担の増加: 保護主義政策の最大の弊害は、消費者が高い代金を支払わされる点です。関税で輸入品価格が上昇すると、競争が緩和された国内企業も価格を引き上げやすくなり、市場全体の価格水準が上がります。その結果、物価上昇(インフレ)につながり、消費者は今までより高い価格で商品を買わなければなりません。先の洗濯機の例では、高関税によって消費者が洗濯機に年間約15億ドル(約2000億円)も余分に支払う結果になったと報告されています。守られた雇用一人あたりに換算すると非常に大きなコストであり、保護のための負担は最終的に国民生活に跳ね返ってくるのです。
- 資源配分の非効率化: 保護主義は国全体の経済効率を損ねる傾向があります。本来、自由貿易の下では各国が比較優位にもとづいて得意な生産に特化し、不得意なものは貿易で賄う方が世界全体の生産量が増え、皆が得をします。しかし保護主義政策で自国の不得意分野まで無理に国内生産し続けると、人材や資源が本来より効率の低い産業に割かれてしまいます。その結果、国全体で見ると生産コストが高く付き、消費者も高値を払うため、経済厚生(国民全体の幸福度)は低下します。「自由貿易なら世界経済のパイは拡大均衡し、保護主義なら縮小均衡する」と言われるゆえんです。長期的には、国の発展を支える生産性向上の妨げにもなりかねません。
- 海外との報復合戦リスク: 一国だけが関税を上げれば相手国も報復関税で応じる可能性が高く、双方の貿易が萎縮して「共倒れ」になる危険があります。保護主義的政策は相手国から見ると不当な障壁に映るため、WTO提訴や対抗措置を招きます。歴史的にも、1930年代の世界恐慌期に各国が高関税政策をとった結果、貿易が激減し経済が悪化する「全員が負け」のシナリオが現実化しました。現代でも、大国間で関税の掛け合いが起これば当事国だけでなく関連国すべての経済が傷つき、世界経済全体が下振れリスクにさらされます。保護主義は短期的には国内に利益をもたらすように見えても、長期的には自国の輸出産業も報復措置で打撃を受けるため、総合的にマイナスの帰結を招きかねません。
- 産業の競争力低下: 過度な保護は国内企業の競争意識を弱め、イノベーションの停滞や品質低下を招くおそれも指摘されています。海外競合に守られてぬるま湯に浸かった産業は、生産性向上のインセンティブが薄れ、国際市場での競争力を長期的に見ると失ってしまう可能性があります。適度な競争は産業を鍛える「良薬」でもあるため、保護のしすぎは企業体質の弱体化につながりかねないのです。
自由貿易との比較
以上のように保護主義には利点・欠点がありますが、対照的な考え方である自由貿易にもまた利点・欠点が存在します。自由貿易(じゆうぼうえき)とは、政府が関税や数量制限といった障壁をできる限り取り除き、財やサービスを自由に輸出入できる状態を指します。自由貿易の理論的な基盤となるのが経済学者リカードによる比較優位の概念です。比較優位とは、たとえ一国が他国よりあらゆる生産で劣っていたとしても、「相対的により得意な分野」に特化して他国と分業すれば、双方に利益が生じるという考え方です。例えば、国Aが「車も農作物も作れるが車の生産が特に得意」、国Bが「車ではAに劣るが農作物生産は比較的得意」だとします。この場合、国Aは車の生産に集中し、国Bは農作物の生産に集中して互いに貿易すれば、両国とも自給自足より多くの車と農作物を手に入れることができます。これが比較優位にもとづく分業と貿易の利益です。自由貿易下では各国がこの利益を享受できるため、世界全体の経済が効率化し「パイが大きくなる(総生産が増える)」と期待されています。
では、自由貿易と保護主義の違いを整理してみましょう。以下の表に主要な観点で両者を比較します。
視点 | 自由貿易 | 保護主義(保護貿易) |
---|---|---|
貿易政策の方針 | 関税や数量制限を設けず、貿易を自由に行う。政府の介入は最小限に留める。 | 高関税や輸入枠などで輸入を制限し、政府が積極的に国内市場を保護する。 |
消費者への影響 | 世界中から安価な製品が入手でき、選択肢が増える。価格競争により物価は低く抑えられる。 | 輸入品が割高になり、消費者はより高い価格を支払う。選べる製品の種類が減る可能性もある。 |
国内産業への影響 | 国際競争に直面するため、生産性の低い産業は縮小するが、競争力のある産業が発展する。 | 外国との競争から守られるため、一部の産業や雇用が維持される。しかし競争圧力の低下で停滞の懸念も。 |
経済全体の効率 | 比較優位に従った分業で資源配分が最適化され、生産量が最大化される。世界全体で厚生が高まる。 | 効率の低い国内生産を続けることで資源配分のゆがみが生じ、生産コスト増大。世界全体では厚生が低下。 |
国際関係・影響 | 国と国との経済的相互依存が深まり、協調関係が促進される。貿易摩擦は起きにくい。 | 他国との対立が生まれやすい。報復措置の応酬で貿易摩擦・貿易戦争に発展し、国際経済の不安定要因となる。 |
自由貿易はこのように、消費者メリットや経済効率の面で優れていますが、国内の弱い産業に打撃を与える側面があります。一方、保護主義は特定の産業や雇用を守るメリットがある反面、消費者負担や経済全体への悪影響というコストを伴います。実際の政策運営においては、両者のバランスをとりつつ、急激な市場開放で失業者があふれないよう調整したり、逆に行き過ぎた保護で非効率が蔓延しないよう留意したりすることが重要です。
米中貿易摩擦の事例
最後に、保護主義政策の影響を具体的に示す近年の例として米中貿易摩擦(べいちゅうぼうえきまさつ)を取り上げます。これは2018年以降、世界第一位と第二位の経済大国であるアメリカと中国の間で激化した貿易上の対立で、いわゆる「貿易戦争」とも称されました。当時のトランプ米政権は、中国との巨額の貿易赤字や知的財産侵害などを問題視し、中国からの輸入品に対して大規模な関税引き上げ措置を次々と発動しました。例えば2018年7月、米国は約340億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を課し、続く8月にも160億ドル分に25%関税を課す措置を実施しています。これに対し中国もただちに同規模・同率の関税を米国からの輸入品に課す報復措置を取り、両国は報復関税の応酬を開始しました。さらに9月には米国が2,000億ドル相当の中国製品に10%の関税を発動し、中国も600億ドル相当に5~10%の関税を課すなど、関税合戦はエスカレートしていきました。こうした高関税の掛け合いにより、米中間の貿易額は急減し、両国の企業や消費者に大きな影響が及びました。
米中貿易摩擦の影響は具体的な数字にも表れています。アメリカでは、中国の報復関税の対象となった大豆などの対中輸出が激減し、例えば収穫期の2018年10月の対中大豆輸出額は前年同月約30億ドルから1億ドル未満にまで落ち込みました。これは中国市場を失った米国農家に深刻な打撃を与えました。また米国内では、中国からの安価な輸入品に関税がかかったことで、洗濯機や電子製品など消費財の価格が上昇し、一般消費者の負担も増えました。推計によれば、米中双方が課した関税の結果、米国の消費者物価は最大+0.5%程度押し上げられたとの分析もあります。一方の中国でも、対米輸出の減少やサプライチェーン(部品調達網)の見直しを迫られるなど経済への打撃は避けられず、中国の輸出産業やGDP成長率の下振れ要因となりました。
米中以外の国にも波及効果があり、世界経済全体の不確実性が高まったために企業の投資意欲が減退したり、金融市場が動揺したりしました。国際通貨基金(IMF)や経済協力開発機構(OECD)など国際機関は、貿易摩擦の深刻化を受けて世界経済見通しを相次いで下方修正し、貿易戦争は世界成長への主要な下振れリスクであると警鐘を鳴らしました。まさに保護主義的措置の拡大が「自国だけでなく皆が損をする」状況を生み出しかけたのです。
もっとも、米中双方とも経済への悪影響は無視できず、交渉の末に2019年末には追加関税率の引き上げを見送る「第1段階合意」が成立し、中国が米国産品の輸入拡大を約束する代わりに米国が一部関税を引き下げる措置が取られました。しかし多くの関税は2025年現在も残ったままで、米中関係は依然として緊張を孕んでいます。米中貿易摩擦の事例は、巨大経済国でさえも保護主義政策の応酬によって双方が経済的損失を被り、問題の根本的解決が難しいことを示しています。「報復の連鎖」に陥った貿易戦争では明確な勝者はおらず、むしろ世界全体の経済が縮小してしまうリスクがあるのです。
まとめ
貿易における保護主義について、その基本から具体例まで解説しました。保護主義は自国の産業や雇用を守るという重要な目的を持ち、高関税や輸入制限といった手段によって一部の経済主体に恩恵をもたらします。一方で、消費者負担の増加や経済効率の低下、国際報復の誘発など、広い視野で見ると大きなコストやリスクが伴います。自由貿易との比較からも明らかなように、どちらか一方が常に正しいというわけではなく、時代や状況に応じて最適な貿易政策のバランスを取ることが肝要です。
現実の国際経済では、完全な自由貿易も存在しなければ、完全な保護主義も持続しません。多くの国は基本的には自由貿易体制のもとにありつつ、必要に応じて一部の産業を保護したり、不公正な貿易慣行には制裁関税で対抗したりしています。重要なのは、短期的な利益や感情に流されず、長期的な経済全体の発展と国民生活の向上という視点で貿易政策を考えることです。高校生の皆さんも、ニュースで関税や貿易摩擦の話題に触れる際には、その背景にある保護主義と自由貿易のせめぎ合いを意識してみてください。経済は国境を越えてつながっており、どの国も単独では繁栄できない時代だからこそ、賢明な選択が求められているのです。