こんにちは、国際貿易動向を伝えるメディアLanesです。(Xはこちら)本記事では【購買力平価】についてできるだけわかりやすく解説していきます。
はじめに
外国旅行をすると、同じハンバーガーや家電でも国によって価格が大きく異なることがあります。例えば、アメリカでは1個300円のハンバーガーが、日本では500円かもしれません。こうしたとき「本当はどちらの国の通貨が高いのか」「為替レートは妥当か」を判断する基準として生まれた考え方が購買力平価(PPP:Purchasing Power Parity)です。購買力平価は、長い目で見れば同じ財・サービスを買うのに必要な通貨の量(為替レート)が、各国の物価水準が等しくなるように変動するとする理論です。まず基本用語を整理すると、為替レートとは「1米ドル=何円」など、異なる国の通貨を交換する比率のことです。また、インフレ率(物価上昇率)とは「物の値段が前年よりどれだけ上がったか」を示す割合です。これらの用語を踏まえ、次節から購買力平価の仕組みを見ていきましょう。
購買力平価(PPP)とは
購買力平価とは、「長い目で見れば、ある一定の基準の財・サービスを買うのに必要な為替レートは、両国の物価水準が同じになるように調整される」という考え方です。言い換えると、物価の安い国の通貨は将来的に高くなり、物価の高い国の通貨は将来的に安くなる方向に動くと予想するものです。その背景にあるのが「一物一価の法則」です。これは「同じ商品は、国をまたいでも輸送費や関税がなければ同じ値段になる」という考え方です。たとえば、アメリカで1ドル、つまり日本円で100円のハンバーガーが、日本では100円で売られているとします。このとき「1ドル=100円なら同じものが同じ値段で買える(1ドルと100円の購買力は等しい)」と考え、購買力平価は1ドル=100円になります。
実際には、マクドナルドのビッグマックの価格を比べる「ビッグマック指数」などが有名です。ある時点で日本で360円、米国で4.7ドルのビッグマックがあれば、この2国間の絶対的な購買力平価は 360円÷4.7ドル=約76.6円/ドル となります。2015年5月時点で実際のドル円相場は約120円でしたから、この例では円が実際より割安(ドルが割高)であることがわかります。
絶対的購買力平価
絶対的購買力平価は、「同一の商品か一定の品物バスケットの価格が両国で等しくなるように為替レートが決まる」という考え方です。具体的には、同じ自動車モデルや同じスナック菓子パック、あるいは国が決めた典型的な商品セット(バスケット)を想定して、その値段比から為替レートを割り出します。たとえば、アメリカでチョコレートが1袋5ドル、日本で1袋500円だとすると、この2国の絶対的購買力平価は「1ドル=100円」と考えられます。実際の為替レートが100円なら、アメリカでも日本でも同じ物が同じ金額で買えます。しかし、実際には為替レートは常に理論通りになるわけではありません。政府や企業などの実需だけでなく、投機や金利差、投資資金の移動など様々な要因で短期的には大きく変動します。それでも絶対的購買力平価は、国際価格の「理論的な均衡点」を示すものとして使われます。
相対的購買力平価
相対的購買力平価は、インフレ率(物価上昇率)の国際差を為替変動に結びつける考え方です。国Aと国Bでインフレ率が異なるとき、相対的購買力平価によれば「物価上昇率が高い国の通貨は、対外的に価値を下げ(為替で安くなる)」「物価上昇率が低い国の通貨は、相対的に価値を上げる(為替で高くなる)」方向に1年後などに調整されるとされます。たとえば、基準時点で両国の購買力が同じだったとします。その後1年間で日本のインフレ率が0%、アメリカのインフレ率が3%だとすると、相対的購買力平価では「アメリカの物価が3%上がったので、1年後のドルは3%安になり、同時に円は3%高くなる」とみなします。こうして年ごとにインフレ率の差だけ均衡水準が変化すると仮定すると、ドル円の購買力平価レートの推移グラフが描けます。この線と実際の為替レートを比べれば「実勢の円相場が均衡水準より割安(割高)か」の目安が得られます。実際、2015年4月時点では、均衡レート(PPP)より実際の相場が円安側にあり、それが「日本は何でも安い」と多くの外国人観光客が来る一因になっている、と指摘されています。
購買力平価の重要性と限界
購買力平価は国際経済を理解するうえで重要な概念です。特にGDP(国内総生産)の国際比較で使われます。各国のGDPを比較するには、異なる通貨を同じ「共通の価値尺度」に換算しなくてはなりません。単に実際の為替レートを使うと、物価水準の違いがそのまま比較結果に反映されてしまいます。そこでユーロスタット/OECDやIMFなどでは、世界の主要国のGDP比較に購買力平価を用いています。例えば2002年のデータでは、ドル換算のみでは米国のGDPがEU15より21%大きく見えた一方、購買力平価換算では両者がほぼ同じ規模であることが分かったと報告されています。このように、購買力平価で計算すると「各国の生活水準や経済規模を価格の違いを除いて比べられる」ため、より実態に合った国際比較が可能になります。
しかし、購買力平価には限界もあります。第一に、短期的には当てはまらない点です。実際の為替レートは、金融市場の需給や投機、金利差、投資の動きなどによって大きく左右されます。第二に、すべての財が国際的に自由に取引されているわけではありません。多くのサービス(建設、医療、賃貸料など)や国内向けの商品は輸出入されず、それぞれの国内市場で価格が決まります。これら非貿易財の価格は各国で異なり、それを考慮しないと購買力平価は実態を反映しにくくなります。さらに消費者の好みや関税・輸送費も加わるため、同じ品物でも「実質的に同じ価値」とみなせるかは難しい問題です。まとめると、「購買力平価は長期的な物価調整の目安として有用だが、短期的に大きく乖離することも多い」ということです。
円安と実質購買力問題の事例
近年の円安(1ドル=約150円前後)は、この購買力平価の視点で議論されることがあります。実際、ビッグマック指数で計算したドル円の購買力平価は約80円とされており、これを見ると「実際の相場(約150円)は理論上の均衡(約80円)よりも遥かに円安になっている」ことが分かります。つまり、購買力平価から見ると円は本来の価値より大きく下落しているわけです。円安になると、輸入する石油や原材料、輸入食品などの値段が円建てで上昇し、家庭や企業の支出が増えます。これは「円の実質購買力が落ちる」ことを意味します。一方、輸出企業や海外資産への投資収益は円ベースで増えるなど、円安の効果は一概に悪いとも言えません。ただし購買力平価の立場からは、「円安は日本国内の物価水準(購買力)に対しては行き過ぎではないか」と指摘されます。例えば日本人が1万円をドルに換えると、理論上は約125ドル(80円換算)が得られるところ、実際にはわずか60ドル程度しか得られないわけです。こうして為替差で得られる海外のモノやサービスの量が減り、国民全体の購買力に影響を及ぼしている点が懸念されています。
まとめ
購買力平価(PPP)は、「為替レートは長期的に各国の物価水準を等しくするように動く」という考え方です。絶対的購買力平価では同じ財の価格が一致する為替レートを示し、相対的購買力平価ではインフレ率の差で為替変化を見積もります。国際的な経済規模や生活水準を比較する際に重要な指標ですが、短期では為替レートや非貿易財の違いで大きくずれることがあります。昨今の円安問題もPPPの観点で見ると、現行相場は理論上の均衡より大きく円安に振れていることが示唆されています。購買力平価はあくまで一つの「目安」ですが、為替の動きや物価の違いを考える際に有用な指標と言えます。
参考文献:
OECD統計局『購買力平価と実質支出』(2004年版)(oecd.orgoecd.org)
公益財団法人国際通貨研究所「通貨・金融のABC: 購買力平価」(iima.or.jp)
NLIリサーチ「Cheap Japan ~ビッグマック指数から見た購買力平価」(nli-research.co.jp)など。