「レアメタル」とは、地球上の金属のうち産出量が限られている、あるいは採掘や精製が難しいものの総称です。経済産業省の定義では日本で31種類が指定されています。レアメタルは鉄やアルミニウム、銅など一般的な金属に比べて特殊な性質を持ち、先端産業に不可欠な材料です。例えば通常の磁石より強力な磁力を持つ希土類元素(レアアース)や、極めて硬く高温に耐えるタングステンなどが含まれます。以下に代表的なレアメタルとその特徴・用途を紹介します:
- リチウム(Li) – 軽金属であり、リチウムイオン電池の主要成分です。スマートフォンやノートPC、電気自動車(EV)のバッテリーに不可欠で、エネルギー革命の要といえます。
- コバルト(Co) – リチウムイオン電池の正極材料として重要で、耐熱合金などにも使われます。レアメタルの中でも特に供給が一部地域に偏っています(後述)。
- ニッケル(Ni) – ステンレス鋼など合金の材料で、近年はEV電池の正極(ニッケル系電池)にも大量に使われます。比較的埋蔵量は多いものの、高純度の製錬には技術が必要で、産地集中が問題視されています。
- 希土類元素(レアアース) – ネオジムやジスプロシウムなど17元素の総称です。強力な永久磁石(ネオジム磁石)を作る材料として、EVのモーターや風力発電機、高性能スピーカーに欠かせません。他にも発光材料や触媒など用途は多岐にわたります。
- タングステン(W) – 金属元素中で融点が最も高い(約3422℃)という特性を持ち、非常に硬く重い金属です。切削工具の超硬合金や、軍事用の徹甲弾コアなど高温・高強度用途に使われます。
これら以外にも、レアメタルにはインジウム(液晶パネルの透明電極材料)、ガリウム(半導体材料)、プラチナ・パラジウム(触媒)など様々な種類があります。総じてレアメタルは、「最先端技術を支えるために不可欠だが、代替が難しい貴重な資源」と言えるでしょう。技術の進歩に伴いこれらの需要は高まっており、安定供給の確保が大きな課題となっています。
主なレアメタルの産出国と埋蔵量の動向
レアメタルの供給は特定の国・地域に偏る傾向があります。それぞれの金属について、世界の主な生産国や埋蔵量(確認された埋蔵資源)の状況を見てみましょう。
- リチウム: 近年、EV需要の拡大に伴い生産が急増しています。世界生産はオーストラリア、チリ、中国の3か国で約90%を占め、特にオーストラリアが最大の生産国です。2021年には世界生産が約10万トン(金属量)となり、前年から21%増加しました。埋蔵量はチリが世界一と言われ、アルゼンチンやボリビアを含む南米「リチウム・トライアングル」に膨大な資源があります。ボリビアは埋蔵資源世界最大規模(2,100万トン)ですが開発が遅れており、チリは豊富な埋蔵量(約960万トン)を商業生産に活かしている状況です。

引用:Minerals and Metals Facts Government of Canada https://natural-resources.canada.ca/minerals-mining/mining-data-statistics-analysis/minerals-metals-facts(2025/5/25参照)


- コバルト: コンゴ民主共和国(DRC)が世界生産の約70~74%を占める圧倒的な供給国です。2022年にはDRCが13万トン以上を産出し、世界シェア約3/4に達しました。埋蔵量もDRCに世界全体の5割超(約600万トン)が偏在しています。他にはロシア、オーストラリア、フィリピンなどに埋蔵がありますが、生産量はDRCに比べれば小規模です。DRCのコバルト鉱山の多くは中国企業が出資・経営しており、その割合は8割にも達します(後述するように地政学的リスクの一因)。



- ニッケル: ステンレス需要に支えられてきたニッケルですが、最近はEV電池材料としての重要性も増しています。世界最大の生産国はインドネシアで、2022年には世界全体の約48%(160万トン/約330万トン)を占めました。次いでフィリピン、ロシア、ニューカレドニア、オーストラリアなどが主要生産国です。埋蔵量はインドネシア(約5,500万トン)が最大で、次にオーストラリア(約2,400万トン)、ブラジル(約1,600万トン)とされています。ニッケル資源は比較的広範に存在しますが、近年インドネシアなどでの一貫生産(ニッケル鉱石からの精錬)体制が強化され、供給構造が大きく変化しています。



- 希土類(レアアース): 生産は中国に大きく依存しており、世界シェア70%前後を中国が占めます。2024年時点の国別シェアは、中国約69.8%、米国約11.6%、ミャンマー約8%、オーストラリア約3%と推計されています。ただし埋蔵量は中国だけでなくベトナム(2,200万トン)やブラジル(2,100万トン)、ロシア(2,100万トン)などにも多く存在し、世界全体では1億数千万トンの埋蔵が確認されています。今後それらの国での開発が進めば、生産国の多様化も期待されます。


- タングステン: 生産も埋蔵も中国への偏在度が極めて高い金属です。中国は世界のタングステン精鉱生産の約80~85%を占め、埋蔵量も世界全体の58%を保有しています。2023年に中国は原料鉱石生産の82.7%を占めたとの分析もあり、ベトナムやロシア(各数%)を大きく引き離しています。中国以外ではベトナム、ロシア、カザフスタンなどに鉱山がありますが、生産量は中国に遠く及びません。またタングステンは軍事用途など戦略性が高いため、各国が国内供給源確保に苦心している金属です。
以上のように、レアメタルの多くは特定国が世界生産の大半を担う状況にあります。例えばコバルトやタングステンのように1国で7~8割を占めるケースもあります。埋蔵量についても必ずしも公平に分布しておらず、特に南米アンデス地域の塩湖にリチウム、中央アフリカにコバルト、中国国内にレアアースやタングステン、といった具合に地理的な偏りが顕著です。こうした偏在は供給リスクにもつながるため、次節以降で需給や国際情勢との関連を解説します。
先端産業での需要:電気自動車・半導体・風力・軍事
レアメタルが重要視されるのは、現代の先端産業において代替困難な材料だからです。それぞれの金属がどのような産業で使われるか、具体例を挙げて説明します。
- 電気自動車(EV): EVにはレアメタルが多数使われます。最も代表的なのがリチウムイオン電池で、正極材にコバルトやニッケル、負極にグラファイト(黒鉛)などが必要です。特にリチウムとコバルトは高性能電池に不可欠で、EV普及に伴い需要が急増しています。また、EVの走行用モーターには希土類磁石(ネオジム磁石)が使われます。この磁石にはネオジムやジスプロシウムといったレアアースが含まれ、小型で強力なモーターを実現する鍵となっています。EV一台当たりで見ると、バッテリーだけでなくモーターにもレアメタルが使われており、ガソリン車には無い新たな資源需要が生まれています。
- 半導体・電子部品: スマートフォンやデータセンターを支える半導体分野でもレアメタルは不可欠です。例えばガリウムとゲルマニウムはハイテク半導体材料で、5G通信や太陽電池、赤外線センサーなどに使われます。特にガリウムはGaN(ガリウム窒化物)やGaAs(ガリウム砒素)半導体として、高周波デバイスや高効率パワー半導体の材料です。ゲルマニウムは光ファイバー通信の光学素子や暗視ゴーグルのレンズに利用されています。また半導体チップ製造プロセスでも超高純度のレアメタルが活躍します。例えばタングステンは配線材料として先端ロジック半導体に使われ、インジウムはディスプレイ用透明電極(ITO)の材料になります。このように電子産業でも多様なレアメタルが欠かせません。
- 風力発電: 再生可能エネルギーの風力発電設備にもレアメタルが使われます。とりわけ大型風車のナセル(発電機部分)には強力な永久磁石が必要で、EV同様にネオジムやプラセオジムなどの希土類が不可欠です。大型の風力タービン1基あたり数百kg~1トン規模の希土類元素(ネオジム、ジスプロシウム等)が使われるとの報告もあります。これらにより風車の発電機をコンパクトかつ高効率にできるため、風力発電の拡大は希土類需要を押し上げています。また風力タービンには大量の銅も使われますが、銅も広義には「重要鉱物資源」であり後述の安定供給策の対象となっています。
- 軍事産業: レアメタルは兵器や軍事技術にも広範に利用されています。例えばタングステンは徹甲弾の弾芯(装甲貫通用の硬質弾)に用いられ、劣化ウランの代替として各国が備蓄しています。また希土類磁石はミサイルの誘導装置や戦闘機のモーター、レーダーシステムのアクチュエーターなどに使われ、防衛技術の要です。ガリウムやインジウムも先端レーダーや光通信に活用され、ゲルマニウムは暗視スコープの光学機器に使われます。さらにアンチモン(これもレアメタルの一種)は弾丸や砲弾の硬化材、火薬の安定剤に使われ、赤外線誘導ミサイルや夜間暗視装置など軍需用途が多い元素です。このようにレアメタルは国家安全保障にも直結する戦略物資となっており、軍事面からも安定供給が求められています。
以上のように、レアメタルはEV・再エネなどのグリーン技術から、半導体・通信などのハイテク産業、さらには軍事・宇宙開発に至るまで幅広い分野で要となっています。それぞれのレアメタルが持つ特殊な性質(例えば軽くてエネルギー密度が高い、非常に硬い、磁力が強い、熱に溶けない等)は他の物質では代替が難しく、需要産業側は安定した入手に神経を尖らせています。では、その需給バランスや価格はどのように推移しているのでしょうか。
国際需給バランスと価格動向・偏在性
レアメタルは需要拡大に対して供給が追いつかず不足や価格高騰が懸念されるものが多々あります。また一部の国への資源偏在により、地政学リスクや供給途絶リスクも存在します。主要レアメタルの需給や価格動向を概観します。
- リチウム: EVブームによる需要急増で、供給不足感から価格が急騰しました。例えば中国市場における炭酸リチウム価格は2021年に1トンあたり約7千ドルから11月には2万6千ドル超へと4倍近く跳ね上がりました。その後も2022年末にかけ過去最高値を更新し、一時は1トンあたり50万元(約7万ドル)に達したとも報じられています。2023年には供給拡大や需要一服により下落に転じましたが、依然として長期的需要に対し供給逼迫が懸念されています。特にリチウム生産は豪州や南米に集中し、地政学的には安定していますが、環境制約や水資源の問題があります。例えばリチウム塩湖からの採取では1トン当たり約220万リットルの水を消費するとされ、チリ・アタカマ塩原では水資源枯渇が問題化しています。この方式は地下水の蒸発利用を伴うため、周辺の地下水位低下や環境への影響が指摘されています。現地先住民コミュニティからも「水が失われていく」と懸念の声が上がっており、持続可能な採掘への課題となっています。将来的には海水からのリチウム回収や、リチウムを使わない新型電池(後述)の開発なども模索されています。

引用:Lithium Carbonate Price TRADING ECONOMICS https://tradingeconomics.com/commodity/lithium(2025/5/25参照)
- コバルト: コバルトは数年前から「将来の供給が最も不安視される元素」として注目されています。主因はDRC(コンゴ)の一国偏重と、そこでの人権・紛争リスクです。EV電池需要で2010年代後半に価格が高騰し、2018年には1トン約9万5千ドルまで上昇しました。しかしその後、代替材料の開発や供給増で下落し、2023年には2万7千ドル台まで暴落して7年ぶり安値を付けました。これはEV用電池でコバルト含有量の少ない技術(リン酸鉄リチウム電池など)が台頭したことや、一時的な供給過剰によります。実際、2025年にはDRC政府がコバルト価格低迷に対処するため、コバルト製品の輸出一時停止措置を発表しました。これは4か月間の試験的な輸出停止で、市場安定や自国精錬促進が目的とされていますt。つまり産出国側が意図的に供給を絞り価格維持を図る動きも出てきたわけです。

- ニッケル: ニッケルはステンレス鋼需要が大きいことから景気動向に左右されますが、昨今はEV電池用の高純度ニッケル需要が加わり需給が逼迫しつつあります。価格面では2022年3月、ロシア産供給懸念などを背景にロンドン金属取引所(LME)で突発的なショートスクイーズ(需給ひっ迫による買戻し)が発生し、一時価格が2倍以上に急騰して取引停止となる事件も起きました。このようにニッケル市場は投機的な変動も見せています。インドネシアが自国での製錬一貫生産を推進した結果、世界供給は増加傾向にありますが、需要増大ペースに見合う投資が必要です。またニッケルは資源量が比較的豊富とはいえ、インドネシアとフィリピンで世界の半分以上を生産しているため(前述)、政情や輸出政策次第で国際価格が影響を受けるリスクがあります。

- 希土類(レアアース): レアアース市場は中国政府の政策によって大きく左右されてきました。2010年に中国が希土類の輸出規制を強化した際、ネオジムなどの国際価格は一気に数倍以上に急騰し、大きな混乱を招きました。その後、他国(米国や豪州)の生産再開や代替材料の模索で一時落ち着きましたが、常に中国の動向が価格を左右する構造は変わっていません。実際、直近の2024年10月にも中国は改めて希土類の包括的な輸出規制を施行し、市場は再び価格上昇と不安定化に見舞われました。規制直前には中国国内の過剰生産で価格が下落していましたが、輸出制限発表後は需給逼迫懸念から価格が再上昇に転じたのです。レアアースは需要側(自動車・風力・電子)の依存度が高く、代替元素も限られるため、中国以外での供給網整備が各国の急務となっています。
- タングステン: タングステン市場も中国の独占に近い状態で、中国政府の輸出管理で需給が揺れ動きます。供給が潤沢なときは安定していますが、昨今の米中対立の中で戦略物資化しており、2023年には中国が輸出管理強化を示唆しただけで欧米で価格が12年ぶり高値になるなど敏感に反応しました。中国以外の生産国では旧ソ連圏やアフリカで小規模な生産があるものの、仮に中国が輸出を絞れば代替調達は困難です。加えてタングステンは軍需と直結するため各国とも在庫備蓄で対応していますが、長期的にはリサイクル強化(工具からの回収等)や休廃止鉱山の再開も検討されています。
このように、レアメタルの多くは需要急増→供給不足→価格高騰という局面を迎えており、市場は不安定です。特に特定国への依存度が高い資源ほど、価格も政策や情勢に左右される傾向があります。次章では、その「特定国」の代表格である中国の動きを詳しく見てみます。
中国によるレアメタル輸出規制の動きと影響
世界のレアメタル供給を語る上で、中国の戦略と政策は避けて通れません。中国は希土類をはじめ多くのレアメタルで世界最大の生産国であり、自国の産業育成や外交カードとして輸出規制を用いる動きがたびたび見られます。
2010年には中国が希土類の輸出枠を削減し、日本や米国への供給が滞ったことで、先述のように国際価格が急騰する「レアアース・ショック」が起きました。これはWTO(世界貿易機関)への提訴問題にも発展し、中国は一旦輸出規制を緩和しましたが、その後も状況に応じて管理を強めています。直近では2023年以降、先端半導体分野での米国側の制裁に対抗する形で、中国が複数の重要レアメタルの輸出管理を強化しました。
まず、2023年8月からガリウムとゲルマニウム製品の輸出を許可制に切り替え、実質的に対米・対欧輸出を絞る措置を取りました。ガリウムは中国が世界の精製品生産の約98.8%を占める超独占資源であり、これが止まると先端半導体や軍事センサーの製造が滞る懸念があります。ゲルマニウムも世界精製の約59%を中国が担い、こちらも光学機器やソーラーパネルに不可欠です。実際、2023年後半には中国から米国向けのガリウム・ゲルマニウム輸出がゼロになったとの報告があります。この影響で代替供給を模索する動きが活発化し、ドイツなどではリサイクルや他国からの調達計画が検討されています。またアンチモン(Sb)についても、中国は2024年に対米輸出を禁止する措置を打ち出しました。アンチモンは弾薬や難燃剤に使われ、中国が鉱山生産の約48%を占める資源です。この規制を受け欧州でのアンチモン価格は年初比で228%も急騰しています

コンゴ民主共和国のコバルト鉱山で手掘り作業をする労働者たち。袋いっぱいの鉱石を人力で運び出す過酷な労働であり、安全管理や防護措置も不十分です。コバルト採掘を巡っては、こうした劣悪な労働環境や児童労働といった人権問題が指摘されています。中国による資源獲得競争の舞台にもなっており、産出国の社会問題・人権問題とグローバル企業のCSR(企業の社会的責任)が絡む難しい課題です。
さらに2024年10月には前述のように希土類(レアアース)全般の輸出統制を中国が本格化させました。これは特定の国向けではなく包括的な規制で、「戦略的な鉱物資源の管理強化」という名目ですが、実際には米欧日のハイテク産業への圧力と解釈されています。この発動により、一時的に希土類市況は上昇し、供給不安が再燃しました。歴史的にも、中国が希土類輸出を絞れば国際価格が高騰する現象が繰り返されており、各国は中国以外からの調達先確保や在庫備蓄の強化を迫られています。
中国側の狙いとしては、自国でのハイテク製品製造を優先する「内循環」政策や、資源をテコにした外交戦略が背景にあります。中国国内でもレアメタル採掘による環境汚染問題があり、環境規制の強化で生産量を絞る動きも見られます。こうした資源ナショナリズムの高まりは、中国に限らずロシアや中東諸国など資源国全般に共通する潮流でもあります。レアメタルは各国にとって戦略物資であり、供給を他国に握られることへの警戒感が強まっているのです。
中国の輸出規制強化による影響は、短期的にはレアメタル価格の急騰や供給途絶リスクの顕在化として表れます。中長期的には、これが世界各国のサプライチェーン再編と資源安全保障政策を加速させる可能性があります。次の章では、その具体的な動きとして、アフリカ諸国での開発リスクや先進国の調達戦略を見ていきます。
アフリカにおけるレアメタル産出と地政学的リスク
レアメタルの供給地として重要な地域の一つがアフリカ大陸です。特に中央~南部アフリカには豊富な鉱物資源が眠っており、コバルト、マンガン、プラチナ、タンタル(コルタン)などが産出します。しかし同時に、この地域の多くの国々では政情不安や人権問題が深刻であり、資源開発には地政学的リスクが伴います。
最も顕著な例がコンゴ民主共和国(DRC)です。同国は世界のコバルト埋蔵量の50%以上、産出量の70%以上を占めるコバルト大国ですが、その歴史は紛争と政情不安定に彩られています。1990年代~2000年代の内戦(いわゆる「アフリカの世界大戦」)ではコルタン(タンタル鉱石)や金、錫などの違法採掘が紛争資金となり、「コンフリクト・ミネラル(紛争鉱物)」の問題が国際的に提起されました。現在でも東部地域では武装勢力の活動が続いており、資源ビジネスに絡む腐敗や密輸が指摘されています。
DRC産コバルトの多くは大手企業の管理する鉱山から産出されますが、一方で全体の約20%は零細な手掘りの「職人鉱山」(Artisanal Mining)によって採掘されています。こうした職人鉱山では児童労働を含む過酷な労働が横行し、約40,000人もの子供が坑内作業に従事しているとの報告があります。安全設備もないままトンネルを掘り、土砂崩れで命を落とす事故も多発しています。さらに採掘や精錬に伴う環境汚染(重金属汚染)も深刻で、周辺住民の健康被害(呼吸器疾患や生殖機能への影響)が懸念されています。
また、アフリカの資源開発には政変リスクも付きまといます。例えば西アフリカのニジェールではウラン資源が豊富ですが、2023年にクーデターが発生しフランス企業などが関与するウラン採掘プロジェクトの先行きが不透明になりました。マダガスカルでも政変でニッケルやコバルト鉱山への投資が停滞した例があります。政権の腐敗や汚職も問題で、鉱山利権が一部エリートに独占され住民には富が分配されない構図が各地で見られます。
こうした中、近年アフリカのレアメタル鉱山に積極的に進出しているのが中国です。DRCでは前述のようにコバルト鉱山の約80%が中国企業の手に渡っており、ザンビアやジンバブエでも中国資本がリチウム・マンガン採掘に投資しています。中国はインフラ支援や資金提供と引き換えに鉱物権益を獲得する「資源外交」を展開し、多くのアフリカ諸国がこれを受け入れてきました。その結果、先進国(欧米日)から見ると中国に資源を押さえられてしまった状況になっており、これ自体が地政学リスクともなっています。
アフリカで産出されるレアメタルには、DRCのコバルトのほかルワンダやコンゴ東部のタングステン・タンタル、南アフリカのプラチナ・マンガン、ギニアのボーキサイト(アルミ原料)などがあります。これら「紛争鉱物」に関しては、米国ではドッド=フランク法で上場企業に調達情報の開示を義務付けるなどの対応が取られています。企業も自主的にサプライチェーンから児童労働や紛争加担のリスクを除去する取り組み(責任ある鉱物調達=Responsible Minerals Sourcing)を進めています。
総じて、アフリカのレアメタル開発は潜在的な豊かさと現実の不安定さが同居しています。資源が豊富である一方、それを巡る内戦・政変・人権問題が解決されなければ、いくら埋蔵量があっても安定供給にはつながりません。逆に言えば、この地域での社会安定化・ガバナンス向上がレアメタル供給安定のカギを握っているとも言えるでしょう。次章では、こうしたリスクに対応すべく日本や米国など先進国が講じている戦略について解説します。
日本・米国など先進国のレアメタル安定調達戦略
レアメタルの偏在や供給リスクに対し、主要先進国は様々な戦略で「資源安全保障」の強化を図っています。日本や米国を中心に、その代表的な施策をまとめます。
1. 資源の多角的調達と鉱山投資: 先進国は、自国や同盟国による鉱山開発への投資を進めています。たとえば日本は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じて、豪州やカザフスタン、ベトナムなどのレアメタル鉱山に出資・融資しています。米国もカリフォルニア州のマウンテンパス鉱山(希土類)再開を支援し、カナダや豪州のプロジェクトと提携しています。EUも2023年に「重要原材料法(Critical Raw Materials Act)」を立案し、域内採掘目標や第三国からの調達協力を打ち出しました。要は、中国やDRCなど特定国に過度に依存しないよう、調達先の分散(デカップリング/フレンドショアリング)を推進しているのです。
2. 国家備蓄の強化: 需給逼迫や有事の断供に備え、各国はレアメタルの政府備蓄を行っています。日本は1983年に国家備蓄制度を創設し、現在34鉱種・民間備蓄含め60日分の需要量を蓄えています。具体的にはコバルトやニッケル、タングステンなど戦略上重要な金属について、国と民間企業が協力して2か月分程度の在庫を保持し、緊急時には放出できる体制です。近年、この備蓄水準を引き上げる検討もなされています。米国もかつて国家備蓄(国家防衛在庫)を大量に保有していましたが冷戦後に放出、一時縮小しました。しかし2020年代に入り重要鉱物の新規買い付け予算を拡充し始めています。欧州も共同備蓄の枠組みを検討中です。備蓄は直接の解決策ではありませんが、一時的ショックへのバッファとなり得るため、各国が安全保障の一環として見直しています。
3. 代替素材・技術開発: レアメタルへの依存を減らすための代替技術の研究も進んでいます。例えばEV用電池では、コバルトやニッケルを使わないリン酸鉄リチウム電池(LFP電池)が中国を中心に普及し始めています。またリチウム自体を使わないナトリウムイオン電池の開発も注目されています。ナトリウムは地殻中にリチウムの約1000倍も存在するありふれた元素であり、資源制約が小さいためです。実用化にはエネルギー密度など課題もありますが、CATL(中国)などが2023年に試作品を公表しました。モーター用磁石では、希土類を使わないフェライト磁石モーターや、重希土類(Dyなど)の使用量を削減する技術をトヨタや日立が開発しています。また超伝導送電や新素材研究により、レアメタル使用量自体を減らす取り組みも行われています。こうした技術革新は一朝一夕には進みませんが、将来的な脱レアメタルの可能性として期待されています。
4. リサイクル(都市鉱山): 使用済み電子機器や廃車バッテリーからレアメタルを回収するリサイクルも重要な戦略です。日本は「都市鉱山」と呼ばれる家電スクラップから金・レアメタルを抽出する技術開発で先行しており、実証プラントが稼働しています。欧米でもEVバッテリーのリサイクル企業が台頭し始めました。コバルトやリチウム、レアアースは再資源化することで新規採掘への依存を下げられます。ただ、リサイクルは技術的難易度やコストの問題があり、現状では限定的な供給源に留まります。それでも将来の循環経済実現に向けて各国が力を入れる分野です。
5. 同盟・貿易協定による協力: 自国単独では賄いきれない部分を、同盟国や友好国との協定で補完する動きも活発です。2022年には米国主導で鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)が発足し、日本や欧州、豪州、韓国など計14か国+EUが参画して責任ある鉱物供給網構築を目指しています。また米国はカナダ・豪州・英国などと個別に重要鉱物の協力協定を結びました。日本もインドやカザフスタンなどとレアメタル協定を締結しています。特筆すべきは2023年3月の日米間の日米重要鉱物協定で、レアメタル分野での協力強化と相互供給支援を約束しました。これは米インフレ削減法に基づくEV電池の原料調達要件に日本を組み込む狙いもあり、日米が協調して中国依存を減らす象徴的な動きと言えます。要するに、志を同じくする国々でサプライチェーンの「デカップリング」(中国外し)を進めているのです。
以上のように、先進各国は「備える・減らす・増やす・繋ぐ」の多面的戦略でレアメタル確保に取り組んでいます(備蓄に備え、代替技術で需要を減らし、新規開発で供給を増やし、同盟で繋ぐ)。特に2020年代に入り、気候変動対策でEVや再エネへのシフトが加速したことから、レアメタル確保競争は国家戦略としての重要度を一層増しています。
レアメタル供給をめぐる最新動向と国際経済への影響
最後に、レアメタルをめぐる最近のニュースをいくつか紹介し、その国際経済への影響を考察します。
- 2024年 中国のガリウム・ゲルマニウム輸出制限強化: 前述の通り、中国は2023年以降ガリウムとゲルマニウムの輸出管理を厳格化し、2024年12月には米国向け輸出を事実上禁止する措置を取りました。これにより両元素の国際供給は極端に逼迫し、半導体業界は代替ソースの確保に奔走しています。アメリカや欧州の関連メーカーは中国以外の生産者(例えばドイツの古河電工によるゲルマニウム生産や、日本のガリウム回収技術など)に活路を求めていますが、短期的には供給不足による生産コスト上昇や一部製品の生産遅延が避けられません。経済面では、これらの材料不足が半導体価格の上昇や電子製品の供給遅延となって表れる可能性があります。また先端軍事技術への影響も懸念され、米国防総省はガリウム・ゲルマニウムの在庫確保や国内生産支援を検討しています。今回の措置は米中デカップリングの一環として国際分業体制に一石を投じており、ハイテク分野のサプライチェーン再編に拍車をかけるでしょう。
- 2025年 コンゴ民主共和国のコバルト輸出停止と内政: 2025年初頭、DRC政府は国内産コバルト製品の4か月間輸出停止を発表しました。背景には前年からのコバルト価格暴落と世界的な供給過剰がありますが、それに加え「国内での付加価値向上(精錬促進)」「サプライチェーン管理強化」といった狙いも掲げられています。これは資源国が自国利益を最大化しようとする動きであり、コバルトに限らず今後他の資源でも見られるかもしれません。短期的にはDRCからの供給減少でコバルト価格が下支えされ、市場はある程度安定する可能性があります。ただ長期的には、DRCの政情不安や政策の予見困難さが改めて浮き彫りになった形で、メーカー側はDRC以外からのコバルト調達(例えばインドネシアのニッケル副産物からコバルトを得る等)を一層推進するでしょう。DRCは2023年末に大統領選挙を控えており、政治情勢の変化によって資源政策も左右されるため、国際企業は注視しています。いずれにせよ、DRCの動きは市場安定のための産出国協調という新たな側面を示唆しており、「資源版OPEC」のような連携が他のレアメタルでも出現する可能性があります。
- 2024年 米国の重要鉱物政策法改正: 米国ではレアメタルを含む重要鉱物の供給強化策として、2024年重要鉱物整合法(Critical Mineral Consistency Act)が超党派で成立しました。この法律は、重要鉱物の定義を拡大し銅やシリコンなどを新たに加えるものです。従来、米国地質調査所(USGS)のリストに載る鉱物のみが政策支援対象でしたが、今後はエネルギー省が重要と指定する物質も対象になります。具体的には銅や電磁鋼板、シリコン(半導体原料)、炭化ケイ素などが重要鉱物として公式に扱われ、これらの国内鉱山開発・精錬・リサイクルが奨励されます。また連邦政府の許認可手続き(FAST-41法)に鉱物プロジェクトを優先事項として組み込み、環境審査の迅速化も図られます。これは米国内で鉱山開発に10年近く要していたプロセスを2年程度に短縮しようという意欲的な改革です。この法改正により、米国では鉱物資源分野への投資が増え、国内生産や加工インフラが拡充される見込みです。日米や米欧の協調も進み、友好国からの輸入促進(FTA締結国の鉱物を優遇)など経済連携の強化にもつながっています。国際経済的には、中国一極だったレアメタル供給網が複数の民主主義国ネットワークへと再編されていく動きといえます。
以上のような最新動向から浮かび上がるのは、レアメタル供給をめぐる世界のパワーバランスの変化です。中国が資源カードをちらつかせれば、米欧日は技術開発と協力で応じ、産出国は自国利益の最大化を模索する——まさに複雑な綱引きが展開されています。この綱引きは、国際経済において以下のような影響を及ぼしています。
- 製造業のコスト上昇とインフレ圧力: レアメタル価格の乱高下や供給不安は、EVや電子機器の生産コストを押し上げ、消費者物価にも波及する可能性があります。例えばリチウム価格高騰時にはEV電池価格が上昇し、車両価格にも転嫁されました。レアメタル不足が構造化すれば、クリーンエネルギー製品の価格上昇=グリーンインフレにつながる懸念もあります。
- サプライチェーンの地域ブロック化: 安全保障上の理由から、各国が信頼できる相手国とのみ資源取引を行う傾向が強まっています(友好国同士の「フレンド・ショアリング」)。その結果、世界規模で最適化されていたサプライチェーンがブロックごとに再編され、非効率や重複投資が生まれる可能性があります。長期的には世界経済の分断や貿易摩擦の火種になるとの指摘もあります。
- 新興国における開発ブームとリスク: レアメタル需要が高止まりする中、南米・アフリカなど新興国での鉱山開発ブームが続くでしょう。これはこれらの国に投資と雇用をもたらす半面、前述のような環境破壊・人権問題のリスクも孕みます。国際社会はサステナブルな資源開発を支援し、負の側面を緩和する役割が求められます。
- 技術革新の促進: 皮肉にもレアメタル不足が新技術を生む契機にもなっています。代替材料の研究やリサイクル技術、効率的な資源利用などが各国で加速しており、これが将来的に新産業を育む可能性があります。例えばナトリウム電池や磁石フリー電動機の開発は、日本企業も競争力を発揮できる分野です。
最後にまとめれば、レアメタルをめぐる動向は経済と安全保障が交錯する複雑な問題です。高度にグローバル化した世界経済において、一国の政策や紛争が瞬時に素材価格や産業に影響を及ぼします。一般のビジネスパーソンにとっても、レアメタル不足は自社製品のコスト増や調達難につながり得る現実的なリスクです。一方、高校生をはじめ次世代にとっては、持続可能な資源利用や新エネルギーへの転換という課題とも結びついています。
私たちの身近なスマホやパソコン、そして未来のクリーンな社会を支えるEV・風力発電——その裏には、こうしたレアメタルのグローバルサプライチェーンが存在します。レアメタルの安定供給確保は単なる産業課題に留まらず、「経済安全保障」や「持続可能な開発」といった地球規模のテーマです。各国の最新の取り組みに注目しつつ、私たち一人ひとりも資源の大切さを認識して省資源・リサイクルに努めることが求められていると言えるでしょう。
【参考資料】本稿では各種統計データや報道、専門機関の解説を参照しました。数字や情勢は2024年末時点の最新情報に基づいていますが、レアメタルを取り巻く状況は日々変化しています。引き続きニュースや政府発表をウォッチし、正確な知識アップデートを心掛けてください。今回紹介したレアメタルの世界は、一見地味ですが実は国際社会の力学を映す鏡のような存在です。その動向から目が離せません。