はじめに:中東情勢と「石油の大動脈」
2025年6月、イスラエルによるイラン核施設への空爆とそれに続くイランの報復攻撃により、中東情勢が緊迫しています。イランの最高指導者ハメネイ師は停戦を拒否し、米国が介入すれば「取り返しのつかない損害」を与えると警告しました。実際、トランプ米大統領は6月21日にイランの主要核施設3カ所への攻撃を命じたことを明かし、原油市場では価格急騰の気配が強まっています。こうした軍事衝突の激化に伴い、世界の原油供給の要衝であるホルムズ海峡に注目が集まっています。本記事では、ホルムズ海峡がなぜ国際的に重要視されるのか、紛争や緊張状態の際にどのようなリスクが生じるのかについて、日本のエネルギー安全保障や経済への影響も含め分かりやすく解説します。

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ホルムズ海峡とはどこか?その地理的位置と役割

世界におけるホルムズ海峡の位置
ホルムズ海峡の位置詳細

ホルムズ海峡(Strait of Hormuz)は、中東のペルシャ湾とオマーン湾(インド洋)を結ぶ幅の狭い海峡です。北岸はイラン、南岸はオマーンの飛び地ムサンダム半島(アラブ首長国連邦〈UAE〉に囲まれたオマーン領)に接しています。海峡の全長は約161km、最も狭い部分の幅は約33kmしかありません。船舶の通航は北上と南下の二航路に分かれていますが、各航路の幅はわずか3km程度と非常に限られており、大型タンカーが行き交うには“ボトルネック(隘路)”となっています。さらに水深も浅いため機雷の影響を受けやすく、周囲に高い山地がそびえる地形上、沿岸から対艦ミサイルで攻撃されたり小型艇による奇襲を受けたりするリスクも抱えています。このようにホルムズ海峡は地政学的にも軍事的にもデリケートな地点です。

それにもかかわらず、ホルムズ海峡は世界の海上物流において欠かせないエネルギー輸送の大動脈です。ペルシャ湾岸の産油国(サウジアラビア、イラク、UAE、クウェート、カタール、イランなど)で産出される原油や天然ガスは、大型タンカーによってこの海峡を通り世界各地へ輸出されています。米国エネルギー情報局(EIA)の報告によれば、ホルムズ海峡を通過する原油は日量約2,000万バレルに達し、世界の石油消費量の約20%を占めるといいます。これは全世界で取引される海上輸送原油の約4分の1に相当し、ホルムズ海峡が「世界で最も重要な石油のチョークポイント(供給の要衝)」である所以です。また原油だけでなく液化天然ガス(LNG)の輸送でも重要で、特に産ガス国カタールの出荷分を中心に世界のLNG供給量の約20%がこの海峡を経由しています。ホルムズ海峡はまさに中東産エネルギーを乗せたタンカーが行き来する生命線であり、その安定は世界経済に直結しています。

具体的な交通量を見ても、その重要性は明らかです。ホルムズ海峡では一日に平均110隻前後の船舶が通過しており、その約6割が石油タンカーです。日本に目を向けると、日本向けに原油を運ぶタンカー全体の約80%(年間約3,400隻)がホルムズ海峡を経由しているとのデータもあります。この狭い海峡が何らかの理由で通れなくなれば、それだけ多くのエネルギー供給が滞りかねないのです。

中東緊張の最前線:イスラエル・イラン軍事衝突と米国の介入

では、なぜ今ホルムズ海峡がクローズアップされているのでしょうか。その背景には、2025年に入ってからエスカレートしたイスラエルとイランの軍事衝突があります。6月13日未明、イスラエル空軍がイランの核関連施設や弾道ミサイル基地に対する大規模空爆を実施し、イラン側の軍事中枢に壊滅的打撃を与えました。イランもただちに報復し、ドローン攻撃やミサイルによってイスラエルやペルシャ湾内の目標に反撃を行いました。両国による攻撃の応酬が続き、周辺の産油施設も被害を受けたことで原油価格は急騰しています。

この状況に対し、当初静観していた米国も徐々に関与を深めました。ホワイトハウスは「現時点で停戦の兆しは見えない」としており、トランプ米大統領は2週間以内にイランへの追加攻撃を決断する考えを示唆しました。そして実際に6月21日、米軍はイランの核施設フォルドゥなど3カ所を精密誘導兵器で攻撃しています。米大統領自身がSNSで攻撃実施を公表する異例の展開となり、事態は米・イスラエル vs イランの構図へ発展しました。

こうした軍事的緊張の高まりの中、焦点となっているのがホルムズ海峡の安全です。イランは過去にも制裁への不満からタンカー拿捕(だほ)や航行妨害を繰り返しており、ことあるごとに「ホルムズ海峡封鎖」をちらつかせてきました。今回の衝突でも、イラン側は「米国が介入すればホルムズ海峡の航行を遮断する可能性がある」との観測が浮上しています。最高指導者は「米国が手を出せば取り返しのつかない損害を与える」とまで発言しており、ホルムズ海峡という“喉元”を封じることで敵対勢力に圧力をかける戦術を示唆しているのです。実際、2025年6月時点で英国の海運機関UKMTOはホルムズ海峡周辺でGPS電波妨害の増加を確認し、警戒を呼びかけています。また、地域ではタンカー同士の衝突事故も報告され、緊張による混乱の兆候が見られます。

米国や同盟国もホルムズ海峡での有事を想定し備えを固めています。例えばイギリスの石油大手シェルは「この大動脈が封鎖されれば世界貿易に多大な影響が出る」と警告しつつ、情勢悪化を見越した緊急対応計画を既に策定済みだと表明しました。6月中旬に東京で開催されたエネルギー会議でも、シェルCEOは「ホルムズ海峡のような要衝が何らかの理由で使えなくなれば市場に巨大な衝撃が走る」と述べ、企業レベルで危機管理に動いていることを明かしています。このように、中東の地政学リスクが現実味を帯びる中、ホルムズ海峡はまさに世界が注視する「緊張の最前線」となっているのです。

紛争発生時に生じるリスク:原油高騰・輸送遅延・保険料上昇…

ホルムズ海峡周辺で紛争や有事が起きた場合、どのようなリスクが想定されるでしょうか。まず真っ先に懸念されるのが原油価格の高騰です。ホルムズ海峡が封鎖されたり、通行量が大幅に制限されたりすれば、中東からの供給ショックにより原油相場は急騰する可能性が高いと専門家は見ています。実際、米軍がイラン核施設を攻撃したという一報だけで原油先物価格は跳ね上がり、市場は一時パニック的な反応を示しました(その後は落ち着きを取り戻すとの見方もあります)。エネルギー経済のモデル分析によれば、ホルムズ海峡が「部分的封鎖」となった場合でも原油価格は平時より5~6割上昇し、完全封鎖ならば価格が2倍以上に急騰する可能性すら指摘されています。原油価格の上昇はガソリンや物流コスト、発電燃料費を押し上げ、全世界的にインフレ圧力となって波及します。日本経済研究センターの試算では、原油価格高騰によって日本の実質GDPは封鎖シナリオで最大0.6%押し下げられるとも分析されています。これは企業収益の悪化や家計負担増にも直結し、景気下押し要因となりえます。

次に懸念されるのは海上輸送の混乱と遅延です。ホルムズ海峡が危険水域となれば、多くの船舶がその通過を避けるようになります。実際、2023年に紅海・スエズ運河周辺で紛争リスクが高まった際には、多くの貨物船がアフリカ南端の喜望峰経由に迂回し、紅海とスエズ運河の航路を避けた事例があります。ホルムズ海峡の場合も同様に、タンカーが遠回りを強いられるでしょう。しかし中東から日本やアジア・欧州に至る航路でホルムズ海峡を完全に避けることは困難です。たとえイラン近海を避け公海寄りを航行してもリスクは残りますし、極端な場合はペルシャ湾内の積荷そのものを諦め、他地域からの調達に切り替える必要が出てきます。南米や西アフリカから原油を運ぶとなると航行距離・日数は大幅に増え、供給までのリードタイムが長くなります。当然その間の輸送コストも増大します。大型タンカー(VLCC)のチャーター料は地政学リスクの高まりで急騰し、実際2025年初頭には中東~中国航路のVLCC運賃が一夜で15%も跳ね上がり410万ドルに達した例もあります。ルート迂回による余分な燃料費や日数もかさみ、結果としてエネルギーの調達コスト全般が上昇するでしょう。

さらに見逃せないのが海上保険(戦争保険)の問題です。戦火が拡大すれば保険会社は船舶や貨物に対する引き受けを渋るようになり、最悪の場合「危険地域では保険契約自体を引き受けない」と判断する可能性もあります。日本の大手損害保険各社も中東情勢を注視しており、状況次第では中東航路向けの新規契約を停止する構えです。仮に保険カバーがなくなれば、タンカー会社は航行継続が難しくなります。仮に運航しても万一の被害補償が得られないため、荷主もリスクを嫌い出荷を控えるでしょう。現在でもすでに紛争リスクに伴う戦争保険料の割増が発動されており、中東近海を航行する船舶には特別保険料率が適用されています。たとえばペルシャ湾(ホルムズ海峡を含む海域)の戦争保険料率は、平時の年率0.125%から0.2%へと上昇しました。イスラエルの港湾に至っては0.2%から0.7%へ大幅引き上げという報告もあります。このように保険料が何倍にも跳ね上がれば、航行するだけで巨額のコスト増となり、輸送インフラ維持に大きな制約が生じます。

以上のように、ホルムズ海峡を巡る有事では原油価格高騰・輸送の遅延と費用増・保険リスクという三重苦が生じます。それらは相互に影響し合い、エネルギー供給不安と市場の動揺、そして最終的には世界経済全体の不安定化につながりかねません。過去の「タンカー戦争」(1980年代のイラン・イラク戦争中に両国がタンカーを攻撃し合った紛争)では、400隻以上の船舶が被害を受けた結果、保険コストが急騰し原油価格も大幅上昇しました。これは歴史が示す教訓でもあります。現在の中東緊張がエスカレートすれば、当時と同様かそれ以上の経済的インパクトが生じるリスクがあるのです。

日本への影響①:ホルムズ海峡に依存する日本のエネルギー

中東有事によるホルムズ海峡リスクは、日本にとって他人事ではありません。むしろ日本は世界でも有数のホルムズ海峡依存国であり、その影響は甚大です。日本はエネルギー資源の大部分を海外に依存していますが、中でも石油については輸入原油の約9割超を中東産に頼っています。財務省の統計によると、2024年の日本の原油輸入量約1.36億キロリットルのうち実に95.2%が中東からの調達でした。これは金額ベースでも同様に約95%にのぼります。中東依存度がこれほど高い理由は、日本の主要輸入先がサウジアラビア、UAE、カタール、クウェートといったペルシャ湾岸国に集中しているためです。これらの国から原油やLNGを積んだタンカーは例外なくホルムズ海峡を通過しなければなりません。唯一、中東で日本の上位貿易相手国の中にホルムズ海峡を通らずに済む国はオマーン(地理的に海峡より外側に位置する)くらいですが、取引額では他国に比べ小規模です。つまり日本のエネルギー供給はホルムズ海峡という一点に著しく集中しているのが現状なのです。

日本のエネルギー安全保障上、この偏重は大きな脆弱性です。経済産業省によれば日本のエネルギー自給率はわずか12.6%(2019年度)しかなく、主要先進国の中でも最低水準です。石油に関して言えば自給率はほぼ0%で、ほとんど全量を輸入に頼っています。その結果、前述のように輸入元もホルムズ海峡周辺に集中せざるを得ず、「一極依存」のリスクを抱えています。実際、日本のホルムズ海峡経由原油調達比率は約87%にのぼるとの試算もあります(年度や統計により多少異なりますが、概ね9割前後です)。LNG(液化天然ガス)も約20%が中東由来で、主にカタール産LNGがホルムズ海峡を経て運ばれてきます。電力大手のJERA(ジェラ)は一時期、自社調達するLNGの30%以上をホルムズ経由の中東ガスに依存していたと報じられています。このように、日本の産業と暮らしを支えるエネルギーはホルムズ海峡と切っても切れない関係にあります。

では、ホルムズ海峡がもし使えなくなったら日本はどうなるのでしょうか。1973年の第一次オイルショックの際、日本は原油供給途絶と価格急騰に直面し、トイレットペーパーの買い占め騒動や省エネの呼びかけなど社会的混乱を経験しました。当時、原油価格は4倍にも跳ね上がり、日本経済に大打撃を与えた歴史があります。ホルムズ海峡封鎖はまさに第二のオイルショックとなり得る事態です。原油タンカーが来なくなれば、日本国内の石油精製・供給網は数ヶ月以内に行き詰まります。加えてLNGの輸入にも支障が出れば、火力発電所の燃料不足から電力供給にも不安が生じます(JERAは現状「LNG調達の1割程度がホルムズ経由」であり注視しているとしています)。ガソリン価格や電気・ガス料金の高騰は企業コストと家計負担を直撃し、日本経済全体の減速要因となるでしょう。

もっとも、日本政府もこうしたシナリオに手をこまねいているわけではありません。リスク分散のため、1990年代以降は中東依存度を下げようと多角化も進めました。一時は中国や東南アジア(インドネシアやマレーシアなど)からの輸入拡大で中東比率を70%台に下げたこともありました。しかし中国や東南アジアの産出減少や需要増もあり、近年は再び中東依存度が高まっています。またロシアや米国からの輸入にも期待が寄せられましたが、ロシア産はウクライナ侵攻による制裁で調達困難になり、米国産は距離の問題から輸送コストが嵩み大量導入には限界があります。結局のところ、日本にとってホルムズ海峡は避けて通れない生命線であり続けているのが現状なのです。

日本への影響②:エネルギー安全保障政策と石油備蓄の役割

日本はこうした脆弱性に対処すべく、エネルギー安全保障政策の一環として石油備蓄制度を整備してきました。第一次オイルショックの教訓を踏まえ、1975年に「石油備蓄法」が制定され、国家主導で原油の戦略備蓄が始まりました。現在、日本は世界有数の石油備蓄国となっています。その内訳は、国家備蓄が約134日分、民間備蓄(石油会社が義務として保有)が約92日分、産油国との共同備蓄が約5日分あり、合計で約231日分(約7か月半)の国内需要相当量を蓄えている計算です。これは仮に輸入がゼロになっても、約7~8か月間は国内需要をまかなえる水準で、IEA(国際エネルギー機関)の加盟国基準(90日分以上)も大きく上回っています。さらにIEA全体で見ると、加盟各国が保有する備蓄総量は44億バレルにも及び、ホルムズ海峡を通過する原油の約238日分に相当します。これはいざという時に各国が協調して市場放出することで、一時的な供給寸断には対応できる余地があることを示唆しています。

日本国内では、石油備蓄は経済産業省と石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が所管し、全国各地の備蓄基地(地下岩盤タンクや浮き屋根式タンク、さらには船舶を利用した係留備蓄など多様な形態)に原油が蓄えられています。また産油国(サウジアラビアやUAEなど)との共同備蓄協定により、相手国が日本国内に石油を保管し、緊急時には日本優先で放出できる枠も設けています。このように「備蓄」という見えざる安全弁が、日本のエネルギー安全保障を下支えしています。実際、2000年代以降、ハリケーン被害や中東情勢不安で原油価格が高騰した際や、2011年リビア内戦、2022年ロシア制裁時などにIEA共同緊急放出が実施され、市場安定に一定の効果を上げました。日本もそれらの枠組みに積極的に参加し、国家備蓄から放出を行っています。

しかし、備蓄は「時間稼ぎ」に過ぎないとも言われます。ホルムズ海峡が長期にわたり封鎖されるような事態では、備蓄放出で延命できてもやがて限界が訪れます。仮に備蓄で7か月しのげても、その間に代替供給源を確保できなければ8か月目からは深刻な不足に陥ります。また備蓄放出そのものも市場へのシグナルとなりうるため、慎重に管理しないと「備蓄が尽きる前に買い占めよう」という思惑で価格急騰を招く恐れもあります。日本政府はエネルギー基本計画の中で、中東リスクに備えたサプライチェーン強靱化を掲げており、石油だけでなくLNGや石炭の在庫確保、発電燃料の転換(緊急時に石油火力をLNG火力へ切り替えるなどのオペレーション)といった対策も検討しています。また 「準国産エネルギー」と位置づけられる原子力の活用拡大も安全保障上重要です。ウラン燃料はエネルギー密度が極めて高く、数年分を一度に長期備蓄できる利点があります。再生可能エネルギーの導入拡大や水素エネルギーの活用も、将来的にはこうした化石燃料依存リスクを下げると期待されますが、現時点では移行途上です。

ホルムズ海峡封鎖のシナリオ:日本と世界はどう備えるか

最悪のケースとして、ホルムズ海峡が封鎖されるシナリオを考えてみましょう。この場合、まず各国が真っ先に行うのは備蓄の放出と消費抑制です。日本政府も緊急時には国家備蓄を放出し、民間備蓄も放出要請します。IEAが協調行動を取れば、主要消費国が一斉に石油を市場投入し、一時的な需給逼迫を緩和するでしょう。仮にホルムズからの供給ゼロが短期間(数日~1週間)で解消するなら、在庫放出と他航路の在庫シフトで乗り切れる可能性もあります。しかし封鎖が数週間から数ヶ月に及ぶ場合、世界経済への打撃は避けられません。前述のように原油価格は暴騰し、日本を含む消費国はガソリンや電力の使用制限、企業への省エネ要請など節約モードに入ることが予想されます。政府は生活必需品へのエネルギー優先配分や価格高騰対策として補助金・減税を行うかもしれません。1970年代のオイルショック時には「省エネルック運動」でネクタイを外す(クールビズの先駆け)など節電を奨励したり、サマータイム導入が検討されたりしました。同様に在宅勤務の推奨や学校の短縮授業など、エネルギー消費を減らす非常措置も考えられます。

一方、軍事的にも国際協調が図られるでしょう。過去のタンカー戦争では、米軍がペルシャ湾を航行するタンカーに護衛艦をつける「エスコート作戦」を実施し、安全航路確保に努めました。今回もホルムズ海峡周辺に米第5艦隊が展開しており、必要とあらば機雷除去や航路警備に乗り出す可能性があります。日本も中東の有志連合に自衛隊艦を派遣し、情報収集や船舶護衛に当たることが想定されます(実際、2019年以降日本はホルムズ海峡東側の公海に自衛隊の哨戒機・護衛艦を独自派遣しており、緊急時にはこれを活用するでしょう)。こうした国際的な連携で一日も早い航行の自由回復が図られます。ただし軍事衝突が続く限り根本解決は難しく、「戦わずして封鎖を解く」ための外交的解決が不可欠です。各国の思惑が交錯する中で迅速な停戦合意が成るかは未知数ですが、少なくとも経済への影響が甚大であるほど、国際社会の圧力は高まり停戦仲介が活発になると考えられます。

代替ルートはあるのか?:パイプラインとその他の選択肢

ホルムズ海峡が使えなくなった場合、エネルギー輸送の代替ルートはどこまで確保できるのでしょうか。結論から言えば、「迂回路は一応あるが容量に限界があり、ホルムズ海峡の完璧な代替にはならない」とされています。具体的には、中東産油国は以前からホルムズ海峡依存を減らすために以下のような陸上パイプラインを整備してきました。

  • サウジアラビアの東西パイプライン(ペトロライン):サウジ東部の油田地帯から紅海沿岸ヤンブー港まで原油を送るパイプラインで、輸送能力は日量約500万バレルあります。通常、サウジの原油はペルシャ湾側のラスタヌラ港などからも積み出されますが、有事にはこのパイプライン経由で紅海側に振り向けることでホルムズ海峡を通らずに欧州方面へ輸出できます(紅海から地中海へはスエズ運河を通るか、喜望峰を回る必要があります)。とはいえサウジ全体の生産(日量1,000万バレル超)の半分程度しか運べないため、全量迂回は不可能です。また紅海経由にもイエメン情勢など別のリスクがあります。
  • アラブ首長国連邦(UAE)のホルムズ迂回パイプライン:UAE・アブダビ首長国の内陸ハブシャンから、オマーン湾に面したフジャイラ港まで通す原油パイプラインです。2012年稼働で、住友商事も建設に協力しました。最大日量150万バレルを輸送でき、UAE産原油の一部をホルムズ海峡を通さずに直接インド洋側でタンカー積載できます。UAEはこのルートにより「ホルムズ海峡に依存せずに輸出可能な唯一の湾岸産油国」だと自負しています。しかしその容量も自国生産の半分程度で、世界全体から見れば限定的です。
  • イラク・トルコパイプライン(イラク北部から地中海沿岸へ):イラクはかつてトルコ南部ジェイハン港へ抜けるパイプライン(約100万バレル/日)を持っていましたが、近年はトルコ側の事情で一時停止していました。完全封鎖時に再開できれば一部迂回になりますが、政治的ハードルが高いです。またシリア経由のパイプライン(バニヤス港へ)も内戦で寸断され利用不能です。結局、現状のイラク産原油は全量バスラ港からホルムズ海峡を通る以外にないのが実情です。
  • イランのジャスク港ルート:イラン自身も対策を講じており、ホルムズ海峡のすぐ手前、オマーン湾に面したジャスク(Jask)港に新たな原油輸出ターミナルを2021年に開設しました。国内油田からジャスクまでパイプラインを敷設し、海峡を通らずに直接外洋に出せるようにしたのです。ただし現時点の輸送能力は限定的(推定で日量数十万バレル規模)で、イランの輸出全量を代替するには程遠いです。それでも「喉元を押さえられてもゼロにはならない」という保険として戦略的に重要視されています。

以上を合わせても、理論上ホルムズ海峡迂回が可能なパイプライン輸送能力は日量せいぜい600~700万バレル程度と見積もられています。ホルムズ海峡の通常通過量(日量約1,700~2,000万バレル)の3分の1程度に過ぎません。EIAも「ホルムズ海峡が閉鎖された場合、原油を輸送する代替手段はほとんどない」と指摘しており、大半の中東原油は行き場を失うことになります。特にクウェート、カタール、バーレーンなどは100%ホルムズ経由でしか輸出できず、代替策がありません。LNGについても、カタールは一部をオマーン経由の陸路や小型LNG船で迂回可能との話もありますが、実用性は限定的です。

ではパイプライン以外に何か奇策はないのでしょうか?過去には湾岸産油国の間で「運河構想」が話題になったこともあります。例えばUAEでは、自国領内を横断してペルシャ湾側からオマーン湾側へ人工運河を掘削する案が取り沙汰されたことがありました(いわゆる「ホルムズ海峡バイパス運河」の構想)。しかし、ムサンダム半島を含む地域は険しい山岳地帯であり、海面から数百メートルの高地を通す運河建設は技術的・費用的に非現実的です。実現すればホルムズ海峡を迂回できる夢のプロジェクトですが、現在のところ机上の空論に留まっています。また「海底パイプライン」というアイデアもあります。イランと隣国オマーンの間では、ペルシャ湾ガス田からオマーンにガスを送る海底パイプライン計画が2013年に合意されました(※こちらは石油ではなく天然ガスの話です)。これは将来的にインド洋経由でアジアへのガス供給網につなげる狙いもあります。しかし政治的な制裁や投資コストの問題で計画は進んでおらず、近い将来に中東産エネルギーを海底パイプラインで長距離輸送する展望は立っていません。

最後に、視点を変えて「別の航路や地域からエネルギーを調達する」という代替案も考えられます。ホルムズ海峡が危険なら、いっそ中東以外から油やガスを買おうという発想です。例えば東南アジアやオセアニアにはインドネシア、マレーシア、オーストラリアといった産油・産ガス国があります。日本もLNGは東南アジアや豪州から多く輸入しています。しかしそれらの国も自国消費が増えており、中東を完全に置き換えるほどの余力はありません。米国やブラジル、西アフリカ諸国など遠方からの輸入も、運べなくはないですが船の航行距離が伸び大幅なコスト高となります。結局、中東の穴埋めを他地域だけで賄うのは現実的でなく、多少の融通はできても世界全体で需給ひっ迫を解消するのは難しいでしょう。ホルムズ海峡というハブが機能停止すれば、世界のエネルギー物流ネットワークに生じる穴は極めて大きく、残念ながら「魔法の迂回路」は存在しないのです。

おわりに:ビジネスへの示唆

ホルムズ海峡の安全は、遠い中東の出来事でありながら日本を含む世界中の経済活動と暮らしに深く関わっています。原油や天然ガスといったエネルギー資源は、グローバルなサプライチェーンで結ばれており、一つの要衝でトラブルが起これば連鎖的に波及するという現実があります。一般のビジネスパーソンにとっても、ホルムズ海峡情勢は決して他人事ではありません。例えばガソリン価格の変動は通勤費や物流コストに跳ね返り、企業収益や物価にも影響します。製造業では原材料コスト増やサプライチェーンの寸断リスクとなり、サービス業でも電力価格高による経営負担増につながります。ひいては株式市場や為替相場にも影響がおよび、私たちの年金や資産運用にも波及する可能性があります。地理的に離れたホルムズ海峡ですが、その安定確保は日本のエネルギー安全保障のみならず、経済の安定成長にとって不可欠な前提条件なのです。

今回のイスラエル・イラン紛争とそれに伴う米国の介入という事態は、改めてエネルギー地政学リスクの現実を突きつけました。幸い現時点ではホルムズ海峡の航行は維持されており、英国や日本の保険会社も状況を注視しつつ最低限の保障は継続しています。しかし、ひとたび情勢が悪化すれば物流企業は航路変更を迫られ、日系企業も中東向け輸出入のスケジュールを見直すなど物流再編を余儀なくされるでしょう。実際、日本の大手海運各社は代替ルートの検討や危険情報の収集に努めており、エネルギー商社も調達先の分散や在庫積み増しといった対策を講じ始めています(ホルムズ海峡を巡る緊張が続く限り、ビジネス現場でも「有事モード」での対応力が試されます)。

最後に、ビジネス寄りの視点から一つ強調したいのは「リスク管理と多様化の重要性」です。ホルムズ海峡問題はエネルギーに限った話ではなく、サプライチェーン全般に通じる教訓を含んでいます。一つの国やルートに過度に依存することの危うさ、そして有事に備えた在庫・代替手段の確保の必要性です。日本企業は震災やパンデミックでサプライチェーン寸断の痛みを経験してきましたが、エネルギーという経済の血液についても同様です。政府レベルの備蓄政策はもちろん、企業や個人レベルでもエネルギー効率の向上や代替技術への投資、リスク情報のモニタリングが今後ますます重要になるでしょう。

ホルムズ海峡は地図上では小さな海峡ですが、世界の経済とエネルギーをつなぐ大動脈です。その安定は私たちの生活やビジネスの安定とも表裏一体です。中東情勢の行方に注目しつつ、エネルギーを無駄遣いしないことや多様なエネルギー源の育成に関心を払うことが、遠く離れた日本に住む私たちにできる一つの対応策と言えるかもしれません。今後も国際社会の協調によって平和裏に問題が解決し、ホルムズ海峡が引き続き開かれた“エネルギーハイウェイ”であり続けることを祈りつつ、本記事を締めくくります。

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