本記事では徹底財務分析ということで、アパレル業界の主要3社である、「ファーストリテイリング」「しまむら」「アダストリア」を財務面から紐解きながら、それぞれの会社のサプライチェーンの特徴と違いを明らかにしていこうと思います。
世界の地政学的な不安定さや、それに伴うサプライチェーンや商流の変化が想定される今後に置いて、過去の実績からアパレル業界のビジネスを理解し、今後の見通しや洞察を得ていきましょう。
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基礎的な財務比較
売上高・営業利益率
まず、基本的な売上と利益のトレンドを見ていきます。本分析における最新の売上高では2022年度期末で、ファーストリテイリング約2.77兆円、しまむら約6,700億円、アダストリア約2,400億円と3社で売上規模が異なります。
また、各社の売上高のトレンドは売上規模の最も大きいファーストリテイリングが右肩上がりの成長を続けており、しまむらは売上高が5,000億円台を維持しつつも、2018~2019年でやや後退しそこから回復基調に。アダストリアはコロナ禍の一時的な売上減を経て、10年のトレンドとしては緩やかに売上成長しています。
営業利益率はファーストリテイリングが2017年度から10%を超えてきており、2022年度で13.8%と3社の中で最も高い水準にあります。しまむらは2018年〜2019年に下がってしまったものの、概ね8%台を維持。アダストリアは年によって上下が大きく、2022年度では6.5%ですが0.4%と赤字間近まで迫った年もありました。この辺りには各社のビジネス構造の特徴から生まれていそうです。
今回各社のビジネスモデルを比較する上で、「SPAモデル」と「EC化率」に着目します。3社の状況は以下の通りです。
ファーストリテイリング | しまむら | アダストリア | |
ビジネスモデル | SPA | 卸売 | SPA |
EC化率 | 約14.7%(2024年8月期) | 約1.9%(2025年2月期中間期) | 約28.3%(2024年2月期) |
SPA(Speciality Store Retailer of Pricate LAbel Apparelの略)とは、企画ー製造ー販売までを自社で機能を持っているビジネスモデルであり、一般的に上流から下流まで自社で工程を管理することができるため、コストの無駄を省き、顧客から得られた購買情報から迅速にバリューチェーンプロセスを最適化できるというメリットがあります。一方で、当然その分の設備や人材への先行投資が必要となるため、投資から効果を生み出すまでは時間を要します。
上記の通り各社ビジネスモデルとECへの移行比率がバラバラなのも特徴的です。これがこれまでの業績にどのように影響しているかも見ていきたいと思います。
P/L(損益計算書)
3社の2022年度のPLを見てみます。各社構造に特徴がありますね。売上原価はファーストリテイリングとアダストリアに対して、しまむらが高めとなっています。一方で販管費についてはしまむらが最も割合が小さく、アダストリアは大きくなっています。
各社の2022年度売上総利益率と営業利益率は以下のとおりです。
ファーストリテイリング | しまむら | アダストリア | |
売上総利益率(%) | 51.9 | 34.2 | 54.7 |
営業利益率(%) | 13.8 | 8.6 | 6.5 |
SPAモデルを敷くファーストリテイリングとアダストリアが高い粗利率となっており、ビジネスモデルのメリットが発揮されていると言えるのではないでしょうか。詳細は後ほどの調達の欄で述べたいと思います。
B/S(貸借対照表)
バランスシートも各社特徴的です。貸方は3社とも純資産を十分に有していますが、中でもしまむらが純資産が厚く負債の比率はかなり小さくなっています。ファーストリテイリングはグローバルに事業展開を進めているため、3社の中では比較的固定負債を多めに持っています。借方を見ると3社の中でアダストリアは固定資産の比率が高くなっているのが分かります。
サプライチェーン分析
ここからは本題であるサプライチェーンの分析をビジネスシステム分析を活用して行なっていきます。
この分析では、サプライチェーンにおける「調達」を売上高原価率で、「製造」を有形固定資産回転率で、「在庫・流通」を棚卸資産回転日数で見ることにより、各企業のサプライチェーン上の優位性を比較していきます。また、より本質的な分析になるよう、ファイナンス、研究開発、販売・アフターサービスの側面でも同様に比較をし、結果的にバリューチェーン全体としての優位性を比較する形で分析を行いました。
ファイナンス
D/Eレシオは各社1倍を下回っており経営基盤としては十分に安定している状況です。ファーストリテイリングも2014年度までは他2社と同水準でしたが、大きな投資のタイミングで有利子負債で調達を進め、積極的に事業拡大を進めてきました。他2社と比較して規模の大きなファーストリテイリングが売上高成長率が高い水準で維持できているのも、このような積極的な調達による投資が大きいでしょう。逆にしまむらは有利子負債を可能な限り利用しない方向性であると言えます。
調達
売上高原価率については各社10年間で大きく水準は変わっていません。最も売上高原価率が低いのはアダストリアで45%前後、ファーストリテイリングは50%前後、しまむらは65%前後の水準となっています。
冒頭で記載している通り、ファーストリテイリングとアダストリアはSPAモデルを採用していますが、しまむらは仕入販売モデルであるため、仕入元の利益が原価に乗ってきていることもあり、原価率が高くなっているという特徴があります。
卸売モデルが悪いという訳ではなく、卸売モデルは自社で企画・製造の機能を持たなくても良いため、企業としては当該部分をアセットライトな状態として維持することができ、投資コストを抑えることにもつながっています。
製造
有形固定資産の回転率はアダストリアが最も高く10~20回の間を推移していましたがここ数年間で悪化傾向にあります。ファーストリテイリングはアダストリアと同水準。しまむらが最も低い値になっています。
各社の有形固定資産における金額と細目を見てみるとしまむらの有形固定資産は1,373億円と他2社と比較しても一桁大きく、かつその約35%を土地が占めていることがわかります。ロードサイドに多く出店するしまむらの特徴であると言えるでしょう。
アダストリアでは店舗内設備と使用権資産の2つで金額の50%以上を占めています。これはテナントとして店舗スペース利用の権利を資産として計上したものであり、商業ビル等への出店が多いアダストリアはこちらの数字を見ることでその資産の推移を計ることができます。
ファーストリテイリングは有形固定資産の大半を建物で占めていますが、アダストリアで記載されている使用権資産は別に非流動資産の一つとして計上されており、有形固定資産の2倍程度の金額規模となっています。
在庫・流通
棚卸資産についてはファーストリテイリングは比較的長く、持つ経営を行っています。しまむらとアダストリアは50日前後となっています。
ファーストリテイリングは”Life Wear”というテーマでジーンズ等ベーシックなアイテムやヒートテックといった機能性商品を展開しているため、他2社と異なり顧客の視点は目的来店型であることが特徴です。在庫切れは信頼を落としてしまうので、在庫を持つ運用が棚卸資産回転日数に表れています。
3社の中で最も低い水準のしまむらは、売上原価が高い分在庫・流通領域については投資をしており、強みがあります。戦略としては、ZARAやH&Mの様に売り切れが発生する事を厭わず、その分品揃えの鮮度を保つことに重点を置いており、不必要な在庫を持たない戦略を取っています。
また、ローコストオペレーションを標榜し、自社運営の商品センターの運営や基幹システムも自社開発を行うことで、在庫のスムーズな融通を行なっています。これにより業界でも最も低い水準の在庫回転日数を維持しています。
販売
販管費率はアダストリアが最も高く、しまむらと20%程差がある状況です。それを紐解くため以下のグラフの通り販管費の細目で比率の多い3項目の売上高比率を見てみます。
売上高広告宣伝費比率と売上高人件費比率はファーストリテイリングとアダストリアが同じ水準にあり、しまむらが低いという状態になっています。一方で顕著なのがアダストリアの売上高地代家賃比率であり、他社と比較しても圧倒的に大きな比率を持っています。
これを紐解くために各社の店舗数を見てみましょう。
2022年度実績 | ファーストリテイリング 国内ユニクロ事業 | しまむら 国内5事業 | アダストリア アパレル・雑貨関連事業 |
国内店舗数 | 809 | 2,173 | 1,435(国内のみ1,340) |
売上高(百万円) | 810,261 | 609,376 | 232,927 |
1店舗当たりの売上高 | 1,002 | 280 | 162 |
※アダストリアは国内と海外のセグメントが分かれていないため合算されたもので計算
ファーストリテイリングとアダストリアの主力ブランドは立地としては大型のショッピングモールやファッションビル等類似した出店立地の様に見えますが、一店舗あたりの売上高に大きな開きがあるため、アダストリアの売上高に対する地代家賃比率が大きくなってしまっている様に解釈できます。
グローバルワークやniko and …といったブランドのターゲット層を狙うためにはそれ相応の場所に出店する必要がありますが、やはり実店舗は固定費が高くなってしまいます。そういった背景もありアダストリアはEC化に大きく舵を取る戦略のようで、記事の冒頭にあるように3社の中でのEC化率は最も高く、ファーストリテイリングの2倍近い比率になっています。
現在はウェブで商品を見ながら、実店舗で試着や受け取りを行う様な顧客行動が増えてきており、これを企業側としてはウェブと実店舗の体験を一連の顧客体験として設計できるかどうかが、今後のシェアを獲得していくための鍵になっていくと言われています。
キャッシュフロー分析
最後にキャッシュフローで各社のお金の流れと使い方を見ていきましょう。
ファーストリテイリングは、2015年と2017年に大きな調達を行い、継続した投資を行うことで、この規模にも関わらず、営業キャッシュフローを徐々に大きくしていっており、現状においても稼ぐ力が強くなっている稀有な企業と言えるでしょう。大型の投資を行う年はフリーキャッシュフローがマイナスになることもいとわない大胆な投資を行なっています。
しまむらもファーストリテイリングに劣らず、安定した営業キャッシュフローの上で、3年に一度程度は大きな投資を行うサイクルがありそうです。ただ、B/Sを見た際に理解できる通りその貸方の大半は純資産となっており、株主から見れば、もっと使わなければいけないという目線にもなりそうです。それくらい安定したフリーキャッシュフローと営業キャッシュフローの様に見えます。
アダストリアはキャッシュフローに規律がある様に見えます。ブランド力があるため営業キャッシュフローも安定しており、基本的にはフリーキャッシュフローがプラスになるように投資と財務のキャッシュフローがコントロールされているように見えます。
まとめ
ここまでの各要素をまとめると以下の通りです。
ファーストリテイリングの特徴
他2社と比較しても投資や海外展開を盛んにしており、売上規模に対して成長速度が引き続き高い異質さが浮き彫りになりました。ユニクロは一店舗あたりの売上高も高く、機能性商品で目的来店型という従来のアパレルとは違う強みを持っています。機能性という強み・価値が明確なので売上高に対して販売管理費をそこまで高めずとも売上が維持・成長できています。
しまむらの特徴
SPAの他2社とは異なり卸売の業態ですが、その分それ以外の在庫・流通側面での生産性が高く、更には広告宣伝費、人件費も抑えられているため高い営業利益率を維持できています。純資産が多く安定性がある一方で、投資余力がある分、如何に成長戦略を描いていけるかが今後のポイントになりそうです。
アダストリアの特徴
2011年から開始したSPAが財務状態にも良い影響を及ぼしており、原価率や棚卸資産回転日数も他社と比較して優位性のある水準で推移しています。まだ他社と比較すると売上高に対する固定費の比率が大きく利益を圧迫する側面があるため、EC化を進め売上増のみならず、利益率を向上させることが今後の伸び代になるでしょう。
参考文献
本サイトはAmazonアソシエイト・プログラムに登録しています。
アパレルのビジネスモデルを情報収集する上で以下の書籍を参考にさせていただきましたのでご紹介します。
世界一楽しい決算書の読み方は私自身何度も読み返す程、基礎を学ぶ上での良著です。本記事を執筆する上でも「p112【アパレル】利益率はどこで変わるか」を大変参考にさせていただきました。
アパレルゲームチェンジャーは近年の流通業界におけるビジネスモデルの変化や成功要因を一冊丸々かけて紹介されています。本記事をご覧になられて関心を持たれた方は、この本もきっと喜ばれるのではないかと思います。ビジネスモデルの解説だけでなく、この記事よりも詳しい財務分析を基礎として紹介されているため、是非お勧めしたい一冊です。