本記事では徹底財務分析ということで、自動車製造業界の主要3社である、「トヨタ自動車」「本田技研工業」「日産自動車」を財務面から紐解きながら、それぞれの会社のサプライチェーンの特徴と違いを明らかにしていこうと思います。
世界の地政学的な不安定さや、それに伴うサプライチェーンや商流の変化が想定される今後に置いて、過去の実績から自動車メーカーのビジネスを理解し、今後の見通しや洞察を得ていきましょう。
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基礎的な財務比較
売上高・営業利益率
まず、基本的な売上と利益のトレンドを見ていきます。本分析における最新の売上高では2023年度期末で、トヨタ45兆円、本田20兆円、日産12兆円と中でもトヨタの売上規模が際立っています。
また、各社の売上高のトレンドはトヨタと本田が長らくの横ばいからコロナ禍を経て、為替の追い風も受けて最大の売上高となっています。日産も同様に2023年度が最大の売上高ですが、2018年から2020年にかけて売上が大きく落ち込んでいました。
営業利益率はトヨタが製造業の中でも比較的高い8%前後を推移しており、直近は11.9%と目を見張る数字となっています。本田は5~6%台を推移、日産も同水準を推移していた時期もありましたが、直近は2018年頃からの低水準を引っ張り戻り切っていない状況です。
ここまでを見ても、トヨタは売上のスケールだけでなく利益率も高水準であり、日本のリーディングカンパニーであると言えることと、日産はメディアでも取り上げられている社内体制の問題もあり、直近の業績が低迷している状況です。
P/L(損益計算書)
3社の直近年度のPLを見てみます。構造を見る限りは粗利の時点ではトヨタもホンダも近い水準であるように見えますが、ホンダの方は販管費が重くなっているようです。日産も2社と比較すると粗利率、営業利益率共に劣っているように見えます。
B/S(貸借対照表)
バランスシートで見てもトヨタと本田は概ね構造が似通っていますが、日産は負債が重くなっており、資産の持ち方も流動資産の比率が高くなっています。この辺りも日産の苦しさが表現されていると言えるでしょう。
サプライチェーン分析
ここからは本題であるサプライチェーンの分析をビジネスシステム分析を活用して行なっていきます。
この分析では、サプライチェーンにおける「調達」を売上高原価率で、「製造」を有形固定資産回転率で、「在庫・流通」を棚卸資産回転日数で見ることにより、各企業のサプライチェーン上の優位性を比較していきます。また、より本質的な分析になるよう、ファイナンス、研究開発、販売・アフターサービスの側面でも同様に比較をし、結果的にバリューチェーン全体としての優位性を比較する形で分析を行いました。
また、サプライチェーンの観点では世界の自動車需要に対して、どこに生産拠点を設けて供給するかも重要な観点になります。海外拠点についても各社の特色が分かれていますので、以下の記事も合わせてご覧ください。
ファイナンス
先ほどのB/Sでも概ねイメージはできましたが、トヨタと本田はD/Eレシオ1倍前後です。特に財務的に不安定ではないですが、装置産業のため有利子負債を定常的に活用しているのでしょう。
日産自動車は10年を通じて2社と比較すると高めに推移しており、2019〜2020年は2倍近くにまで振れました。ただ、D/Eレシオの水準だけで言えば、メディアの印象程たちまち資本がまずい状況に陥っている訳では無い様に見えます。
研究開発
研究開発費への投資は自動車業界にとどまらず、製造業において新たな付加価値を作るための重要な機能です。自動車業界ではEVシフトやソフトウェアの観点も入ってきています。
研究開発費は年によって上下があるものの、各社ある一定の研究開発費の水準を持っており、毎年その前後で工面している日本企業らしい配分と言えるでしょう。2020年に比率が上がったのは売上が下がったからであり、直近年度で比率が下がっているのは為替の影響を含んで収益が上がったからです。
そう言った意味では、売上対比で研究開発に対する積極性のスタンスは本田>日産>トヨタの順であると言って差し支えなさそうです。直近トヨタも研究開発費が伸び続けているという報じられ方をしていますが、売上高や利益の伸びを考えると、もっとのせても良いのかもしれません。
また、実際の投資額としては、トヨタが2倍以上の売上高を持っているため、実際の研究開発費も相対的にはトヨタが多く投じているということになります。
調達
売上高原価率については本田に優位性があります。作っている車種やバリエーションにも依存する部分(トヨタはラインナップが幅広い)はありますが、本田は10年間の大半で売上高原価率80%を割り込んでいます。
トヨタは80%を上回る水準で推移してきましたが、直近年度は80%を切り、本田に迫る水準となってきました。日産はやはり2018年頃から悪化し、3社の中では最も売上高原価率が高くなっています。
製造
有形固定資産回転率はその名の通り、有形固定資産の効率性を見る指標で、特に自動車メーカーも製造工場等アセットが重くなりがちなので、その資産がうまく稼働しているかを見る指標となります。
調達と同じく有形固定資産回転率についても同じく本田に優位性があります。トヨタと日産の2社と比較しても明らかにパフォーマンスがよく、直近年度では6回とトヨタと日産の2~3回の水準の2倍の効率性を持っています。
在庫・流通
グローバルにビジネスをする自動車メーカーは、供給を止めないために一定の在庫を持つ必要がありますが、在庫を持ち過ぎてしまうとその保管や管理にコストが掛かってしまうため、効率的に回転しているかが重要な尺度です。また、これがサプライチェーンの輸送と供給力を間接的に示していると言えます。
この点ではトヨタ>本田>日産の順に優位性があるという数字になっています。トヨタの数字が圧倒的に低くいのは「ジャストインタイム」生産法により、在庫を徹底的に削減する手法をとっているためで、この製造プロセスとできるだけ在庫を持たない徹底的な運用は経営数値にもその成果が現れています。
全体トレンドとしては、コロナ禍になって以後、海上輸送のスペースが取れないことや紅海の封鎖等の影響により、リードタイムが長期化するという影響が出ました。それにより供給見通しが不安定となり概ね全ての製造業が在庫を積みます方向性となっているため、国内自動車3社においても全体的な棚卸資産回転日数の水準が長期化していることがわかります。
販売・アフターサービス
自動車業界は販売に力を入れるだけでなく、買い替え需要を喚起するためにアフターサービスにも力を入れています。製造の実力だけでなく、ブランド力やセールス、サービスを測っていくこもと重要な要素です。売上高に対する販売管理費を見ていきます。
ここは各社大きな差があり、トヨタ自動車が10%なのに対し、日産が12~3%で推移。ホンダも10年前は20%あったものが足元やっと15%まで落ちてきています。
トヨタはまず圧倒的なブランド力と認知があり、製品ラインナップも豊富なため顧客の選択肢にあがりやすいことも販管費率を低く抑えられる要因としてあるでしょう。第一想起に出てくるかどうかがCM等のマーケティング力であり、トヨタと対抗しようと思うと、競合他社はそれ以上の比率のコストをかけなければいけなくなります。
キャッシュフロー分析
キャッシュフローも最後に触れたいと思います。各社のお金の流れと使い方を見ていきましょう。
トヨタは強固な営業キャッシュフローの上に、毎年フリーキャッシュフローが+になるような規律を持ちつつ、毎年大きな金額を投資に注ぎ込んでおり、まさに全方位対応のお金の使い方をしています。
本田は大まかな傾向はトヨタと似ていますが、売上高および利益率が低い分、営業キャッシュフローの積み上がりが、トヨタと比較すると弱く見えてしまいますね。(トヨタと比較するとなんでもそう見えてしまうのですが…)
日産は2017年頃まではかなり投資を積極的に行なっていました。その後混乱期に入る中で投資は弱まっていくものの、営業キャッシュフローがしっかりしているため、フリーキャッシュフローは毎年プラスが維持できています。ただ投資が少なくなるということは、将来の種まきが弱くなることそのものなので、現状の製品力の弱さを回復するためにも、どこかで投資をしていくことは必要でしょう。
まとめ
ここまでの各要素をまとめると以下の通りです。
トヨタ自動車の特徴
ジャストインタイムによる在庫の低減と回転率の向上、また圧倒的なブランド力による販管費率が抑えられていることが、規模の拡大と同時に利益率を高い水準で維持することにつながっている。バリューチェーンがシステム化されており、効率性が高い経営が特徴。
本田技研工業の特徴
原価率が低く調達に優位性があることと、有形固定資産の回転率が他2社と比較して高いため、アセットの効率的な活用に優位性がある。一方で市場における状況としては、トヨタや日産といったシェアを持つ企業と対抗するために販管費率を高くせざるを得ず、結果的に利益率は3社の中でも真ん中のポジションになってしまっている。
日産自動車の特徴
2010年代中盤までは積極的な投資もあり技術の日産とも呼ばれていたが、経営の混乱以後利益率が低下し投資も減ったことで競争力を失ってしまった。しかし、D/Eレシオを見る限りはそこまで有利子負債に偏っている訳ではなく、営業キャッシュフローも継続して入ってきている中で、基盤を整えてどこかで攻勢に出たい。