はじめに:本記事の趣旨
現代のビジネス環境において、サプライチェーンの重要性は日々高まっています。グローバル化が進み、企業間の競争が激化する中で、効率的なサプライチェーンの構築と管理は、企業の競争力を維持し、成長を促進する上で欠かせない要素となっています。
とはいえ、サプライチェーンという言葉は、何となくニュアンスは分かるものの、きちんとした認識や説明ができないという方も多いのではないでしょうか。実はサプライチェーンの中にも、「SCORモデル」や、「統合ロジスティクスコンセプト」といった、体系立てて考えることができるフレームワークが存在するのです。
本記事では、サプライチェーンの基本的な概念から、その重要性、主要な構成要素、そして最新のトレンドまでを包括的に解説します。ビジネスマンの皆様が、自社のサプライチェーンを理解し、最適化するための知識と洞察を得ることを目的としています。
なお、本記事の概念や言葉の定義は、以下の文献を参考に記載しています。
- サプライ・チェインの設計と管理(久保幹雄監修)
- ※原著:Designing and Managing the Supply Chain by David Simchi-Levi
- ビジネスゲームで学ぶサプライチェーンマネジメント -原理原則と演習、そして実業務への応用-(細田高道他)
- ※原著:Mastering the Supply Chain: Principles, Practice and Real-Life Applications by Ed Weenk
- 戦略的サプライチェーンマネジメント 競争優位を生み出す5つの原則(尾崎正弘他)
- ※原著:Strategic Supply Chain Management, Second Edition: The Five Disciplines for Top performance by Shoshanah Cohen
サプライチェーンの概念と定義
サプライチェーンという言葉は捉えづらい側面があり、人によって異なった解釈をされる側面があります。事実これまでもさまざまな定義が存在しています。
サプライ・チェイン・マネジメントとは、供給、生産、倉庫、店舗を効果的に統合するための一連の方法であり、適正な量を、適正な場所へ、適正な時機に生産・配送し、要求されるサービスレベルを満足させつつ、システム全体の費用を最小化することを目的とする。
サプライ・チェインの設計と管理(久保幹雄監修)
サプライチェーン全体のコストを下げながら顧客に対して、優れた顧客価値を届けることを目的として上流側と下流側におけるサプライヤーと顧客との関係を管理すること
クリストファー 2016 ビジネスゲームで学ぶサプライチェーンマネジメント -原理原則と演習、そして実業務への応用-(細田 高道他)
これらの言葉を、簡易な概念図に落とし込むと上図のように整理できます。製品を提供するために必要な、サプライヤーからの原料調達から製造、それを最終顧客まで届けるまでの輸配送含むプロセスをカバーする概念と言えるでしょう。
本記事では言葉だけでは捉えづらいサプライチェーンという言葉を、「SCORモデル:Supply Chain Operations Reference Model」を引用しながら、概念的に捉えていきます。
SCORモデル(Supply Chain Operations Reference Model)は、サプライチェーンのパフォーマンスを評価し、改善するための標準的なフレームワークであり、サプライチェーンカウンシル(Supply Chain Council)によって開発されました。このモデルは、1996年に初版がリリースされ、以降、複数回の改訂を経て進化しています。サプライチェーンカウンシルは2014年にAPICSと合併し、現在ではASCMとして運営されています。
SCORモデルは、計画、調達、生産、配送、返品、業務基盤の6つの主要プロセスに焦点を当てており、どのようなサプライチェーンに属する会社においても、この6つから構成されると定義できることから、これらのプロセスを詳細に定義し、ベストプラクティスを提供しています。
世の中の様々な定義や、SCORモデルを通じて言えることは、サプライチェーンは最も重要な要素として、最終的な顧客のニーズを満足させることを目的とし、それに至る「モノ」・「情報」・「資金」の一連の流れを最適化していくことであると解釈できます。
サプライチェーンの主要構成要素
サプライチェーンの構成要素も様々な定義があります。先ほどご紹介したSCORモデルでは6つの管理プロセスに要素分解されていました。
後段でも出てくるヴィッサー&ヴァン・ゴールの統合ロジスティクスコンセプトでは、サプライチェーンの基本構成要素は以下の表に表現されています。
- 統合ロジスティクスコンセプトにおけるサプライチェーンの基本構成要素
- 物理インフラ(向上や倉庫、またサプライチェーンを移動していくモノ)
- 計画と管理(需要予測、生産管理、在庫管理、輸配送計画)
- 情報及び関連する情報システム(上記プロセスの計画や実行に必要な情報)
- 組織体制(上記プロセスを実行する役割と責任)
また、サプライチェーンの中で対処しなければいけない課題という切り口では、「サプライ・チェインの設計と管理」において、次のような切り口で述べられています。
- サプライ・チェイン・マネジメントにおける重要な課題
- ロジスティクス・ネットワークの構成(輸送関連費用や倉庫の容量・立地)
- 在庫管理(在庫の取り扱いとリスク、配送システム)
- 情報の価値(鞭効果、リードタイム)
- ロジスティクス戦略(直接配送、クロスドッキング、押し出し型or引っ張り型)
- サプライ・チェインの統合、戦略的提携(3PL、小売・納入提携)
- 製品設計(ロジスティクスのための製品設計、マスカスタマイゼイション)
- 情報技術と意思決定支援システム(情報技術基盤、電子商取引)
- 顧客価値(顧客価値の切り口、評価尺度)
これらの要素から更に要素分解して考えていくと、それぞれの施策も企画しやすくなるのではないでしょうか。それぞれを適切に対処し、効率的に機能させることで、全体としてのサプライチェーンの品質が向上します。
引用書籍紹介
今回取り上げた引用書籍です。どちらも海外に原著があるため、理論がしっかりしており、その上で日本語が大変読みやすいためオススメです。(※Amazonsアソシエイトリンクになっています。)
サプライチェーンマネジメント(SCM)の概要
これら、サプライチェーンの概要を掴んできた中で、サプライチェーンマネジメントとはなんでしょうか。もちろん目的は冒頭にある、顧客満足度を最大化し、サプライチェーン全体のコストを最小化することですが、それを要素分解すると以下の様に定義できます。
ビジネス戦略的側面
定義にもある通り、サプライチェーンの中には、調達から、製造、配送に至るまで、企業活動における多様な機能を内包しており、機能横断的な方向性の決定を必要とします。そのため、ビジネスとしての方向性が明確であり、戦略的な側面から、サプライチェーンをどのように構築していくかを考えていく必要があります。
例えば、顧客への提供価値の規定や市場のセグメンテーションもサプライチェーン戦略に影響を与えますし、サプライチェーン戦略の実行が、企業財務数字へ影響を及ぼすこともあります。
技術的側面
サプライチェーンの構築には技術的な要素も欠かせません。製品の需要予測やITによる情報基盤構築から、倉庫のオートメーション化、製造技術の向上まで、テクニカルな側面の探求や改善をしていく必要があります。
リーダーシップ側面
サプライチェーンにもリーダーシップの様に人的側面があります。サプライチェーンの改善は部門横断的な取り組みになるため、それぞれの部門の利害関係を整理、調整し管理していく必要があります。
ちなみに、戦略的サプライチェーンマネジメント 競争優位を生み出す5つの原則(尾崎正弘他)の中では、その5つの原則として、
- 原則1:サプライチェーンとビジネス戦略の連携
- 原則2:一貫性のあるプロセスアーキテクチャーの開発
- 原則3:優れたサプライチェーン組織の構築
- 原則4:適切なコラボレーションモデルの構築
- 原則5:パフォーマンス向上のためのメトリクス活用
と定義されており、よりそれぞれの項目を要素分解していくことによって、実効性のある施策に繋げていくことができます。打ち手を考案していく上では、専門書籍を頼ることでより具体的な知見を得ることが可能です。
サプライチェーンマネジメントのためのフレームワーク
冒頭でも、SCORモデルを紹介しましたが、他にもSCMを考えていく上で役立つ具体的な考え方のスキームをご紹介していきます。
統合ロジスティクスコンセプト
サプライチェーンを考えていく際のスキームとして、ヴィッサー&ヴァンゴールが1990年代に考案した「統合ロジスティクスコンセプト」があります。これは古くからあるコンセプトであるのにも関わらず、現代においてもよく利用されるものです。
このコンセプトでは、企業戦略、市場/セグメント、提供価値の設計からスタートし、それらが統合サプライチェーンの設計へと繋がっていきます。また、矢印が双方向になっているのは、戦略→サプライチェーンという順序ではなく、互いに一体化して考えるものという概念を示しています。
意思決定レベル
サプライチェーンの課題は、「戦略レベル」「戦術レベル」「実行レベル」に分かれるとも定義されています。
課題に対処するフェーズや組織レイヤーも異なることも体系的に捉えて対処していきましょう。
サプライチェーンとROI
サプライチェーンの戦略を考える上で意識しなければいけないのは、経営数字として成果を示すことです。2014年8月に伊藤レポートが公表されて以後、企業はROE8%を意識した経営がスタンダードになり、ROICを経営指標として掲げる企業も増えてきました。
サプライチェーンにおいても、投下資本効率を高めていく必要があります。従来は物流的な切り口を取り出したコスト低減施策が中心でしたが、Amazonをはじめとし、顧客価値を改善する仕組みを構築することで、サプライチェーンから収益性を向上させるプロフィットセンター的な位置付けに注目が集まってきています。
サプライチェーンの改善を行う上で、どのKPIを改善させるための施策なのか、またそれがどう企業戦略にアラインしているのかをしっかりと整理していきましょう。
終わりに
こちらの記事に辿り着いた多くの方々がサプライチェーンについて、何らかの課題や意識を持たれていることと思います。ご紹介した通り、サプライチェーンが対象とする範囲は広く、その全体を戦略的にデザインしようと思うと、それぞれの現場の解像度を高め、あるべき姿を描くことに加えて、企業の競争環境も客観的に分析する必要がある、とても難しい作業になります。
まずは、上記のようなフレームワークや考え方を用いて大きな構造を把握し、後は自社に合わせて要素分解していくことで、企業戦略と個々のオペレーションがつながっていくはずです。本記事をきっかけに是非奥深いサプライチェーンの世界を一緒に探求していただければと思います。