はじめに:2025年の新関税と日本の自動車産業への懸念

2025年の米大統領選挙の結果、ドナルド・トランプ前大統領が政権に復帰し、就任直後に自動車および自動車部品に対して大幅な追加関税を導入しました。アメリカによるこの関税強化措置は、日本の自動車産業にとって大きな衝撃となっています。日本の対米関税交渉においても自動車関税が最大の争点であり、日本は全面的な撤回を要求しています。

本記事では、「トランプ政権による新たな自動車関税が日本の自動車輸出に与える経済的影響」を様々な出所のデータをもとにわかりやすく解説します。ポイントは以下です。

  • 日本の自動車輸出台数の変化(特に対米輸出への影響)
  • 関税率の変化とその内容(新関税措置の具体的な内容)
  • 日本の自動車メーカー各社の利益水準・収益構造への影響(コスト増加や利益減少)
  • 日米間の自動車関連貿易額の推移と今後の見通し

それでは順を追って見ていきましょう。

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関税とは何か?自動車関税強化の背景

まず「関税」とは何でしょうか。関税とは、外国から輸入される商品に対して政府が課す税金のことです。輸入品に関税がかかると、その商品は国内で販売される際に税金分だけ割高になります。例えば、2万ドル(約270万円)の自動車に25%の関税が課せられると、輸入業者は米政府に5,000ドルを支払わなければならず、そのコストは最終的に商品の価格上昇メーカーの負担増につながります。関税は自国の産業を保護したり、貿易赤字を是正したりする目的で導入されますが、高すぎる関税は貿易相手国との摩擦(いわゆる貿易摩擦)や商品の価格高騰を招く恐れがあります。

トランプ前大統領は2017~2021年の在任中にも保護貿易的な政策を打ち出し、中国との貿易戦争や鉄鋼・アルミニウムへの関税(25%と10%)などを実施しました。自動車分野でも当時、日本や欧州からの自動車輸入に対する関税引き上げを示唆していましたが、実際には日米交渉の結果、本格的な追加関税は避けられていました。しかし2025年、再び大統領となったトランプ氏は公約通り自動車分野への強硬策を実行します。2025年4月初旬、米国は輸入自動車と軽トラックに一律25%の追加関税を課すことを正式に決定しました。この新関税は日本を含む全ての国からの完成車を対象としており(カナダ・メキシコなど米国と自由貿易協定を結ぶ国も一部適用。ただし米国製部品を一定割合以上含む車には減免措置あり)、5月からはエンジンなど主要な自動車部品にも同率の関税が拡大されました。

トランプ大統領がこのような強硬措置に踏み切った理由は、「米国の自動車産業を守るため」だと説明されています。トランプ氏は「安価な輸入車がアメリカ国内の自動車産業基盤とサプライチェーンを脅かしている」と主張し、国防上の脅威であるとして関税を課しました。要するに、海外から大量に流入する車によって米国メーカーが苦境に立たされている状況を是正し、国内生産と雇用を取り戻す狙いがあります。また、自動車は日米貿易不均衡(日本の対米貿易黒字)の象徴でもあり、関税引き上げで輸入を抑えることで米国の貿易赤字を減らしたい思惑もあります。

しかし、この関税率25%という数字は極めて高く、各国に衝撃を与えました。もともと米国の乗用車関税率はわずか2.5%(ピックアップトラックなど一部車種は既存の25%関税がありましたが乗用車は2.5%でした)でしたが、一気に10倍の25%に跳ね上げたことになります。日本側は「過去最大級の貿易摩擦になる」と警戒を強め、石破茂首相(2025年当時)は「これは国家的な危機と言える。日本の国益を守るためにあらゆる選択肢を検討する」と述べ、米国に対し強い懸念を表明しました。日本政府は米政府との対話による解決を模索しつつ、万一に備えてWTO(世界貿易機関)への提訴や対抗措置も含め検討を進める構えを示しています。

新関税の内容:関税率の変化と適用範囲

では具体的に、今回導入された新たな自動車関税措置の内容を整理してみましょう。

  • 完成車に対する関税率の引き上げ:前述の通り、乗用車と軽トラックなど完成車の米国輸入関税は一律25%に設定されました。従来、日本や欧州から米国への完成車輸入には2.5%の関税(ピックアップトラック等は古くから25%)が課されていましたが、今回の措置で乗用車も含め例外なく25%となりました。この関税は4月3日以降に米国に輸入されるすべての乗用車・トラックに適用されています。
  • 自動車部品への関税拡大完成車だけでなく、自動車用の主要部品にも追加関税が課されることになりました。エンジン、変速機(トランスミッション)、電装部品などの重要部品も25%の関税対象で、こちらは1か月遅れて2025年5月3日から発効しました。これは、米国内で組み立てを行う自動車メーカーにも影響します。日本などから部品を輸入して米国工場で組み立てている場合、その部品コストが25%上昇するため、現地生産していてもコスト増になるからです。
  • 対象国:今回の自動車関税は基本的に全世界の対米輸出に適用されます。カナダやメキシコなどUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の加盟国からの輸入車も原則課税対象ですが、USMCAの定める域内調達割合を満たす部品価値については差し引く措置があります。しかし完成車に関しては事実上、日本やドイツ、韓国など主要な自動車輸出国すべてに25%が課される形です。日本は米国とFTAを結んでいないため完全な対象国となりました。
  • 「相互関税(Reciprocal Tariff)」構想:トランプ政権は自動車関税以外にも、「相手国が米国製品に課しているのと同じ率の関税を課す」という報復的な包括関税も打ち出していました。日本に対しては当初、自動車とは別に全品目一律24%という非常に高い関税案を示し、衝撃を与えました。日本は現在米国車に関税を課していない(日本の輸入自動車関税は0%)ため、「包括関税24%」は明らかに報復目的の圧力と受け止められました。その後の交渉でこの包括関税は一旦10%に緩和されましたが(2025年4月上旬の米国発表)、自動車本体への25%関税は据え置かれた経緯があります。このように多方面で強硬な通商政策が取られていることから、日本政府内では対米関係悪化への懸念が高まっています。
  • 自動車メーカーへの配慮措置:米国政府も自国の自動車業界への悪影響を完全には無視できず、一定の緩和措置を講じています。その一つが関税の一部相殺措置です。具体的には、「発動初年度に米国内で組み立てた自動車1台あたり、小売価格の15%相当額について関税分を還付(2年目は10%相当額まで還付)」する仕組みです。これは、海外部品に頼らず米国内で組み立てるインセンティブ(誘因)を与える狙いがあります。この措置により、例えば米国で組み立てられた車の場合、初年度は車両価格の最大3.75%分(=15%の価格に25%関税をかけた額)まで関税が事後に実質減免されます。2年目は最大2.5%分まで還付があり、3年目以降は完全になくなります。つまり2年間の猶予期間を設け、その間にサプライチェーンを見直すよう促しているのです。

以上が新関税措置の概要です。25%という高関税は世界貿易機関のルールに照らしても異例の高さであり、日本を含む貿易相手国は強く反発しています。では、この関税強化は実際に日本の自動車輸出にどのような影響を及ぼすのでしょうか。次章で詳しく見ていきます。

日本の自動車輸出台数への影響

自動車輸出イメージ

日本は世界有数の自動車輸出国であり、アメリカはその最大の輸出先です。まず現状を把握するため、日本の対米品目別貿易収支の推移を確認しましょう。下図は2005年から2024年にかけて、日本と米国間品目別貿易収支の推移を示したものです。

日本の対アメリカ品目別貿易収支(2005~2023年)
日本の対アメリカ品目別貿易収支(2005~2024年)

ご覧いただく通り、全産業の中で圧倒的に貿易黒字に貢献しているのが第87類の自動車産業であり、仮に輸出金額に対して10~20%のマイナスインパクトがあった場合、この貿易収支も大きく毀損し黒字が減少することが想定されます。

また、自動車の台数で見た場合、日本の対米自動車輸出は2018~2019年には年間約170万台規模でしたが、2020年にはコロナ禍で一時的に約125万台まで落ち込み、その後2021~2022年にかけて徐々に回復、2023年には約149万台まで増加しました。2023年時点で、日本の自動車輸出台数全体のうち北米向けが約37.5%を占めており、米国市場が日本の自動車産業にとってどれほど重要かが分かります。つまり日本が輸出する車の3~4台に1台以上は米国向けという計算です。

しかし、2025年4月からの25%関税導入により、この輸出台数は大きく落ち込む見通しです。実際、関税発動前の駆け込み需要により2025年4月の日本車の米国販売台数は前年同月比+11.8%と増加しましたが、メーカー各社は「直前の駆け込み需要で先食いが起きたため、今後は販売が落ち込むと見通しています。関税により価格が上昇した影響で、米国での日本車販売はその反動で減少が避けられないからです。

国連の国際貿易センター(ITC)の貿易・市場情報担当チーフ、ジュリア・スピーズ氏は試算として、25%関税の導入により「日本は対米自動車輸出で170億ドル(約2兆3千億円)相当の潜在的な輸出を失い得る」と報告しています。年間約4兆~5兆円規模の対米自動車輸出額(後述)から、約4割近い減少が起こり得るとの衝撃的な数字です。単純計算すると、仮に1台あたり3万ドルの車を輸出していた場合、170億ドルの損失は約57万台分に相当します。この試算を踏まえて輸出台数が約100万台程度まで落ち込むシナリオを示しています(前年比▲30%以上)。実際の数字は各社の対応や米国の需要動向によりますが、大幅減となることは避けられないでしょう。

では、この輸出台数減少はどのメーカーにどの程度影響を与えるのでしょうか。日本車メーカー各社の米国市場における現地生産比率を見てみます。

  • ホンダ(Honda):米国で販売する新車のうち99%以上を北米現地工場で生産しており、日本からの完成車輸入はわずか1%未満です。そのため関税による直接的な台数減少影響は限定的です(ほとんどの車は米国内生産のため関税対象外)。もっとも、部品は日本から調達しているものもあるため後述のコスト影響はあります。
  • トヨタ(Toyota):米国販売の約80%弱を現地生産で賄い、残り20%強は日本から輸出しています。年間約120万台を北米生産していますが、それでも日本から毎年約「100万台規模」を米国に送り出している計算です。トヨタは高級車レクサスなど一部モデルを日本から輸出しており、これらが関税の直撃を受けます。
  • 日産(Nissan):日産も米国に生産拠点(米南部に工場)を持ち、主力モデルは現地生産しています。ただ正確な割合は公開情報から推定するにトヨタと同程度かそれ以上の輸出依存があるとみられます(約40%前後を日本から輸出と推定)。高級車のインフィニティなどは日本生産が多く、影響を受けやすいでしょう。
  • スバル(Subaru):米国販売の約50%を日本からの輸出に依存しています。スバルは米国にインディアナ工場がありますが、生産能力に限りがあり人気のSUV「フォレスター」などはいまだ日本から輸出しています。そのため関税による価格上昇で販売減少の影響が大きいメーカーと言えます。
  • マツダ(Mazda):米国販売の約70%が日本からの輸出です。2021年にトヨタと合弁でアラバマ工場を稼働させましたが、まだ一部SUVを現地生産しているのみで、主力車種の多くは日本(やメキシコ)からの輸出です。そのため関税の打撃が最も大きい部類で、販売台数の減少や値上げ圧力に直面します。

※上記の出所は以下
Japanese carmakers post firm U.S. sales growth on rush of buying

以上から、ホンダのように現地生産比率が高いメーカーは直接の輸出台数減は限定的である一方、マツダ・スバルのように輸出依存度が高いメーカーは大幅な販売減少または価格競争力低下に直結します。トヨタや日産はその中間ですが、それでも数十万台規模の輸出車が関税対象となるため影響は甚大です。

さらに、輸出できなくなった車は「他の市場で売れば良い」という簡単な話でもありません。国際貿易センターは「日本は米国以外の市場、例えば中国、ドイツ、フィリピン、タイなどに輸出先を多角化し、米国市場での推定損失と同規模の“未開拓の輸出潜在力”を見出すことが可能」と指摘しています。実際、東南アジアやオーストラリアなど日本車の需要がある市場も存在します。しかし、車種によっては米国向け仕様(大型SUVやピックアップトラック等)は他国ではニーズが限られる場合もあり、短期的に代替市場で全量を吸収するのは難しいでしょう。結局のところ、日本メーカー各社は米国向け輸出台数の減少を受け入れざるを得ず、その分の生産調整(減産)や在庫管理などを迫られると考えられます。これは日本国内の自動車工場の稼働率や関連部品メーカーの受注にも波及し、日本の製造業にマイナスの影響を及ぼす懸念があります。

日本の自動車メーカーへの影響:利益とコスト構造の変化

日本の自動車メーカー各社にとって、今回の関税引き上げは販売台数だけでなく利益面にも深刻な影響を与えます。関税によってコストが増大し、利益率が低下するためです。この章では、メーカーの収益構造にどのような変化が起きるか、具体的な数字や企業の発表をもとに見ていきます。

関税で増えるコストと利益圧迫

25%の関税は、対象となる車両・部品にとって「4分の1の追加コスト」を意味します。例えば日本から完成車を輸出する場合、その車両本体価格の25%が関税として徴収されます。通常、このコストは消費者への価格転嫁か企業側の負担(値引きや利益圧縮)によって賄われます。いずれにせよ、日本メーカーの収益を圧迫することになります。

日本の自動車メーカー各社は、この関税の影響を織り込んで業績見通しを引き下げています。トヨタ自動車は2025年5月の決算発表で「2025-26年度(※トヨタの年度は翌年3月期)の純利益が前年より35%減少する見通し」だと発表し、その主要因の一つに米トランプ政権の自動車関税を挙げました。世界最大の自動車メーカーであるトヨタでさえ、関税によりこれほど大幅な減益を見込まざるを得ないのです。トヨタはこの中で、2025-26年度の純利益予想を3兆1,000億円(約2兆1,600億円の減益)とし、市場予想(4兆7,000億円)を大きく下回りました。2ヶ月間の関税適用(4~5月)だけで約12億ドル(約1,600億円)の利益が吹き飛んだとも報じられ、その影響の深刻さがうかがえます。

日産自動車も同様に厳しい状況です。日産は2025年度の販売計画を営業努力で前年並み(▲3%程度の減少に留めたい)としていますが、「最大市場での新関税」と中国・韓国メーカーとの競争激化により販売回復は困難だと指摘されています。日産は米国における値引き販売(インセンティブ)を強化してシェア維持を図っていますが、関税コストが重くのしかかり、2025年度(2025年4月~2026年3月)に4,500億円(約31億ドル)の追加コストが発生すると試算しています。これは日産の年間営業利益見込み(関税前)を大きく削る額であり、日産が長年進めてきた構造改革の成果を相殺しかねない規模です。

他のメーカーも軒並み大打撃を受けています。ホンダは米国現地生産比率が高いものの、一部高級車の輸出や部品調達でコスト増が避けられず、利益目標の見直しを迫られています。マツダスバルは関税負担を価格転嫁しきれなければ赤字転落も現実味を帯びる状況です。こうした中、日本の主要自動車メーカー5社(トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スバル)全体では、新関税による負担増は年間約2.5兆円(約250億ドル)規模に達するとの試算もあります。証券会社UBSの自動車アナリスト高橋恒平氏は、「日本の五大メーカーにとって新関税は年あたり約2.5兆円(3.6兆円)のコスト増となり、その約半分(1.8兆円=約125億ドル)をトヨタが被る」と分析しています。これは各社の利益を大幅に圧迫し、日本経済全体にも無視できない打撃となります。「この額は日本経済に確実に一撃を与える」との専門家の指摘もあります。

では、関税コスト増を受けて各社はどのような対応策を取るのでしょうか?大きく分けて(1)価格戦略の見直しと(2)サプライチェーン・生産戦略の見直しの2点が考えられます。

(1) 価格戦略への影響:値上げか利益圧縮か

関税コストは最終的に自動車価格の上昇につながります。上述の通り、1台あたり平均数千ドル規模のコスト増となるため、自動車各社は価格にそれを反映せざるを得ません。米国のコンサルティング会社の試算によれば、新関税により米国の消費者は初年度だけで合計300億ドル以上の追加負担を強いられ、新車販売台数も減少する見通しとされています。車1台あたりに換算すると、関税によって平均5,000~8,000ドル程度価格が上昇する計算です。もちろん、市場競争がありますから各社とも一部は自己負担して価格上昇を抑えようとするでしょう。しかしそれはメーカーの利益を直接に削ることになります。

具体的な例として、前述の日産は「関税により米国での販売価格を引き上げざるを得ないが、そうすれば販売台数が落ち込む可能性が高い」としています。値上げによる販売減少と、値上げを抑えることによる利益減少の板挟みにあるわけです。結局、多くのメーカーは一定の値上げを実施しつつ、ディーラーへのインセンティブ(販売奨励金)を増やしたり、上位車種への販売シフトを図ったりすることで、収益へのダメージを和らげようとしています。しかしそれにも限界があり、例えばトヨタは関税発動を受けて2025年度の営業利益率見通しを大幅に低下修正しました。フォードやGMといった米国メーカーでさえ、部品調達コスト増から年間数十億ドル規模の利益減少を見込んでおり、日本メーカーにとっても厳しい価格競争の時代に突入しています。

(2) 生産・調達戦略への影響:現地生産移転と部品国産化

もう一つの対応策は、生産拠点・調達先の見直しです。高い関税を回避するために、メーカー各社は「輸出を減らし、現地(米国)生産を増やす」方向を模索しています。実際、トランプ政権もそれを狙って先述の関税相殺措置(米国内組立てへの減税)を導入しています。

トヨタはこれまでも米国生産の拡大を進めており、現在では米国販売の半数以上を北米工場で生産しています。今回の関税強化で、トヨタは「さらなる現地生産比率の引き上げ」を検討すると表明しました。また、ホンダも以前から北米ほぼ自給体制ですが、他の輸出依存度が高いマツダやスバルも現地生産の拡充を急ぐとみられます。例えばマツダはアラバマ新工場での生産モデルを増やすことを検討していると報じられています。

しかし、生産移転には時間と投資が必要です。新工場を建設したり、既存工場の生産ラインを増強したりするには数年単位の時間と莫大な資金がかかります。また、全ての車種を現地生産できるわけではなく、高付加価値モデルは依然として日本から輸出せざるを得ないものもあります。したがって短期的には、関税コストを払いながら輸出を続けるケースも少なくありません。その場合、前述の通り利益を圧迫します。

部品調達についても同様です。日系メーカーは長年のグローバル調達戦略で、日本から米国への部品輸出も多く行っています。エンジンや変速機などは日本の得意分野であり、多くの米国工場でも日本から送られたエンジンを搭載しています。それゆえ部品への25%関税はサプライチェーン全体に影響します。短期的には代替の調達先を見つけるのは難しいため、メーカー各社は在庫の確保部品メーカーとのコスト分担交渉などでしのぎつつ、長期的には米国内や第三国での部品現地調達率を高めることになるでしょう。

マクロ経済への影響

日本の自動車産業はGDPの約3%を占め、輸出産業の柱です。自動車各社の利益減や輸出減少は、日本経済全体にも波及します。大手メーカーは毎年ベースアップ(賃上げ)を牽引してきましたが、収益悪化で将来的な賃上げ余力が減るかもしれません。また、自動車輸出に関連する国内の部品メーカーや物流業も仕事量減少に直面します。

野村総合研究所(NRI)の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは、「米国の自動車関税25%引き上げが実施されれば、日本のGDPを約0.2%押し下げる可能性がある」と試算しています。日本経済全体から見ると0.2%は小さい数字に思えますが、金額にすると数千億円規模の損失です。また、想定される影響として為替相場の変動も挙げられます。一般に貿易摩擦が激化するとリスク回避の動きから円高(安全資産として円が買われる)が進みやすいですが、一方で日本からの輸出減少は経常収支悪化から円安要因ともなり得ます。現時点では為替の動きは読みづらいものの、仮に急激な円高が進行すれば輸出企業には関税に加えて為替差損というさらなる逆風が吹くでしょう。

日米間の自動車関連貿易額の推移

次に、日米間の自動車(および関連部品)の貿易額がどのように推移してきたかを見てみます。日本にとって自動車は最大の輸出品目であり、米国市場はその主要な稼ぎ頭でした。関税導入によりこの貿易動向がどう変わるのか把握することが重要です。

日本から米国への自動車輸出額(完成車ベース)は近年増加傾向にあり、2023年には約410億ドル(約5.5兆円)に達しました。これは日本の総自動車輸出額(約1,101億ドル)の3割強に当たります。2024年も同程度の水準と推定され、実額で見ると約6兆円規模(完成車)を日本は米国に輸出していたことになります。これに自動車部品(エンジンやタイヤ等)を加えると、総額で7~8兆円にも及び、日本の対米輸出全体の3分の1を自動車関連が占めていました。まさに自動車は日米貿易の中核なのです。

一方、米国から日本への自動車輸出はごく少量です。米国製乗用車は日本市場では販売台数が少なく、例えば2016年時点で日本から米国への輸出が175万台だったのに対し、米国から日本への輸出台数は2万台弱に過ぎませんでした(つまり日本は米国の約80倍の台数を輸出)と報告されています。この背景には、日本が輸入車関税をゼロにしているにもかかわらず、日本市場で米国車のシェアが極めて低い(右ハンドル仕様や燃費基準の違い、ブランド嗜好の差など非関税障壁も指摘されます)ことがあります。トランプ大統領はこの不均衡を再三問題視しており、「日本は米国に毎年何百万台もクルマを売っているのに、米国から日本に売るクルマはごくわずかだ」と不満を表明していました。今回の関税強化には、この長年の不均衡にメスを入れる狙いもありました。

では、関税導入後、日米間の自動車貿易額はどう変化するでしょうか。まず日本から米国への輸出額は、前章で述べた輸出台数の減少に伴い大幅に縮小する見込みです。ITC試算の170億ドル減という数字を額面通り受け取れば、完成車輸出額は約410億ドル→240億ドル程度に減少する計算です。これは2010年代前半の水準に逆戻りするほどの減少幅です。また、部品輸出も米国の生産減や現地調達への切替で縮小するでしょう。結果として、日本の対米輸出総額に占める自動車関連の比率(約3分の1)も低下し、日米間の貿易総額自体も減少圧力がかかります。

一方、米国の対日輸出については、自動車関税そのものでは直接増える要素はありません。むしろ日本側が対抗措置を控えている現状では、米国から日本への輸出に変化は少ないでしょう。ただし、仮に日本が報復として米国からの輸入品に関税を課す事態になれば(現状日本政府は慎重ですが)、米国製品の日本輸出も打撃を受ける可能性があります。

米国側から見れば、日本車の輸入が減ることで対日貿易赤字が縮小する効果はあり得ます。トランプ政権の狙いはまさにそこにありますが、注意すべきは「輸入が減る=消費者にとって選択肢が減り価格が上がる」ことでもある点です。関税により日本車の価格が上がれば、一部の消費者は購入を諦めるか、あるいは他国製の車(韓国車やドイツ車)に乗り換えるかもしれません。しかし今回の関税は日本だけでなく全世界からの輸入車が対象であり、例えば韓国・ドイツの車も同様に25%上乗せになります。そのため、消費者の選択肢全体が高くなり、最終的には米国メーカー以外の輸入車全般の販売減少が起きると予想されます。これは米国市場における競争環境を変化させ、短期的には米国ビッグ3(GM・フォード・Stellantis)のシェア拡大につながるかもしれません。しかし前述のように米国メーカーも部品調達では輸入に頼っており、コスト増で車両価格を上げざるを得ないため、全体として米国の新車販売台数が減少する懸念があります。実際、2025年4月以降米国の自動車販売台数は前年割れの月が続いており、消費の冷え込みが指摘されています(※)。

(※米国商務省の統計では、2025年4-6月期の実質個人消費支出が伸び悩み、自動車販売の減速が一因とされています。)

現在進行中の動き:交渉と企業の対応策

新関税の影響が広がる中、2025年5月時点で日米両政府や企業はさまざまな対応策・交渉を進めています。この章では、最新の時事ニュースをいくつか取り上げ、関税問題への取り組みを事例として紹介します。

米日政府間の交渉:6月「互恵的な合意」を目指して

日本政府は関税問題の解決に向けて、米政府との交渉に乗り出しています。2025年5月初旬にはワシントンD.C.で日米の担当閣僚会合が開かれ、6月中の「互恵的な合意」達成を視野に協議を加速することで一致しました。日本側の交渉団(赤澤亮正・経済再生相ら)は、「日本の国益を害するような交渉は行わない」としつつも、6月にカナダで開かれるG7サミットの場で両首脳(石破首相とトランプ大統領)が会談し何らかの合意に至る可能性に言及しています。協議では自動車以外の農産品やサービス分野も含め包括的な妥協点を探っている模様です。

アメリカ側も、国内自動車業界からの強い反発を受けて一定の譲歩に応じる素振りを見せています。2025年4月中旬、トランプ大統領は日本に対する包括関税を25%から10%に引き下げると発表しました(前述の相互関税の緩和)。これは日本からの防衛面での協力や追加の対米投資引き出しを狙った取引材料とも言われますが、日本側に一定の配慮を示した形です。しかし肝心の自動車・部品の25%関税は維持されており、こちらは米国労組や産業界の支持基盤向けに「交渉カードにしない」との強硬姿勢を崩していません。日本政府は引き続き自動車関税の即時撤廃または引き下げを強く求めており、アメリカ側はその代わりに農産品市場のさらなる開放や防衛費負担増などを要求する可能性があります。交渉の行方次第では、関税率が一部見直される可能性も残っています。

企業の実例:決算への影響と戦略転換

関税導入後、早速日本企業の決算や戦略に影響が現れています。代表的な例としてトヨタと日産の動きを紹介します。

トヨタ自動車は2025年5月の決算説明会で、前述のように大幅な減益見通しを発表しました。トヨタCEOの佐藤恒治氏は会見で「為替や原材料価格の影響に加え、米国の貿易措置(関税)の影響を精査した結果、慎重な見通しとした」と述べ、関税が業績悪化の主要因であることを認めました(実際、営業利益ベースでは関税の影響を除けば前年並みを維持できるところ、関税コストで大幅減益となる試算です)。トヨタは対応策として、米国内の生産シフトを一段と進めるとともに、「必要に応じて米国内で販売価格の改定も行う」としています。つまり、一部は値上げで対応しつつ、それでも賄えない部分は生産体制の見直しで吸収しようという戦略です。また、トヨタは研究開発費や設備投資の見直しも示唆しており、中長期的な競争力確保と短期的な利益確保の両立という難しい舵取りを迫られています。

日産自動車は2025年5月15日付のロイター独占記事で、社長のイバン・エスピノーサ氏が関税対応について言及しました。日産は現在推進中の大規模なコスト削減計画(工場閉鎖や人員削減など)を一段と強化し、関税による損失分を埋め合わせる構造改革を急いでいます。具体策として、北米市場向けの販売戦略見直し、例えば収益性の低い車種・グレードの整理販売インセンティブの最適化などに着手しています。それでも米国販売台数は2017年度比で42%減という厳しい現実があり、関税による逆風下での販売回復は容易ではありません。日産は2025年度の世界販売目標を微減に抑える計画ですが、米国市場については「関税による3%の販売減は織り込んだ」としています。しかしアナリストからは「関税が複数年続けば立て直しは間に合わないのではないか」との懸念も出ています。

為替市場にも微妙な変化が見られます。2025年初めからの米金利上昇局面では円安が進行し一時1ドル=150円台近くまで円が下落しました。しかし関税発動後、リスク回避で円買い(ドル売り)が進む場面もあり、為替相場は乱高下しています。為替の専門家の中には「日本からの輸出減少は日本経済にマイナスであり、本来なら円安要因だが、一方で世界経済不安からの安全資産買いで円高になる」という相反する力が働いていると指摘する声もあります。実際、大手機関投資家の間では「円暴落への不安は根強い」とする見方もあり、為替変動リスクが企業業績に与える影響も注意が必要です。

部品産業への連鎖も現れ始めています。トヨタや日産の一次下請けである部品メーカー各社では、米国向け部品受注の減少や、米国工場向け出荷に対する関税コスト負担などが出ています。愛知県豊田市では「トヨタが傾けば皆沈む」といった声も聞かれ、地域経済への波及が懸念されています。政府は中小企業支援策として、為替変動や関税で打撃を受けた企業への緊急融資枠を設けたり、国内投資減税で下請企業の負担軽減を図る方針を示しました。

おわりに

米トランプ政権による自動車関税の導入は、日本の自動車産業ひいては経済に多大な影響を及ぼしています。輸出台数の減少、関税コストによる利益圧迫、貿易額の縮小といった直接的な打撃に加え、企業行動の変化(現地生産へのシフトや価格戦略の見直し)や外交交渉の緊張など波及効果も広範囲に及びます。一般消費者にとっても、関税の影響で車両価格が上昇し、選択肢や購入計画に影響が出るなど無関係ではいられません。

現在、日米政府間で交渉が続けられており、企業側も創意工夫でこの「関税の壁」に対応しようとしています。仮に将来関税が撤廃・緩和されれば、再び日本車の競争力は回復するでしょう。しかし、世界経済の不確実性が高まる中、各国の保護主義的な動きは今後も起こり得ます。日本の自動車産業にとって、今回の経験はサプライチェーンの再構築や市場戦略の多角化を考える契機とも言えます。

最後に、本記事で扱ったテーマは高校の政治経済や現代社会の授業内容とも関連しています。関税政策とその影響は、経済のグローバル化や国家間交渉の現実を理解するうえで格好の事例です。為替相場や企業の戦略転換といった話題も含め、ぜひニュースで今後の展開を注視してみてください。

日本のものづくり産業は逆風の中にありますが、持ち前の技術力と経営努力でこの困難を乗り越え、新たな活路を開くことが期待されています。今後も最新情報を追いながら、私たち消費者・国民も経済の動きを学んでいきましょう。

参考資料: 本文中で引用した各種統計データや企業発表、報道記事は以下の通りです。