こんにちは、国際貿易動向を伝えるメディアLanesです。(Xはこちら)日本と米国の関税交渉が始まり、徐々に米国の要求や日本のスタンスが明らかになりつつあります。
本記事では米国と日本の経済や貿易の状況から、このトランプ関税が日本に与える影響や、交渉ポイントがどこなのかをできるだけわかりやすく解説していこうと思います。
日本に影響するトランプ関税の整理
トランプ関税の概要
トランプ関税は大きく2つの切り口で関税を設定しています。それが、【製品固有の関税措置】と【国別の関税措置(主に相互関税)】です。
日本時間で2025年4月2日に発表された相互関税に関する大統領令では、序文に以下の様な記載があります。
私は、アメリカ合衆国大統領ドナルド・J・トランプとして、以下の事実を認定します――すなわち、我が国の二国間貿易関係における相互性の欠如、不均衡な関税率および非関税障壁、そして米国の貿易相手国による国内賃金および消費の抑制を招く経済政策などの根本的条件が、米国の国家安全保障および経済に対する異常かつ著しい脅威を構成しています。この脅威は、主として米国外における貿易相手国の国内経済政策および国際貿易制度の構造的不均衡に起因しています。よって、私はこれを国家的緊急事態として宣言します。
Regulating Imports with a Reciprocal Tariff to Rectify Trade Practices that Contribute to Large and Persistent Annual United States Goods Trade Deficits
端的に表現すれば、「恒常的かつ大規模な財貨貿易赤字により、米国の製造業や防衛産業基盤が衰退し、国家安全保障上の脆弱性が高まっていると認定した」ということです。
今回の関税措置についてトランプ大統領は、国家安全保障上の観点から製造業や防衛産業基盤の再復興を目的とし、大規模な関税を課していると理解できます。
日本に影響する主な関税項目は以下のとおりです。
- 製品固有の関税措置
- 自動車:25%
- トランプ大統領は2025年2月14日、自動車輸入に対して同年4月2日から関税を課す計画を発表しました。2月18日には、自動車に対する関税率は「おおよそ25%になる」と述べています。
- 2025年3月26日には、トランプ大統領が「通商拡大法第232条」に基づき、自動車および特定の自動車部品に対して25%の関税を課す布告に署名し、自動車には4月3日から、部品には5月3日までに発効するとしています。なお、カナダおよびメキシコからの特定の輸入品で米国内で製造されたコンテンツを含むものは免除対象となります。
- 鉄鋼およびアルミニウム:25%
- トランプ大統領は2025年2月10日、既存の「通商拡大法第232条」に基づく鉄鋼およびアルミニウムへの関税措置を拡大する2つの布告に署名しました。
- この布告により、これまでの全ての免除措置が終了し、派生製品のリストが拡大され、アルミニウムに対する関税率が10%から25%に引き上げられました。
- これらの変更は2025年3月12日に発効しています。
- 半導体および医薬品:未決定(25%以上を明言)
- トランプ大統領は2025年1月27日、コンピュータチップ、半導体、医薬品に対して新たな関税を発表する意向を示しました。そして2月18日、これらの品目に対する関税率は「25%以上になる」と発表しました。これらの関税を課す権限については、現時点で明確にされていません。
- 銅:未決定
- 2025年2月25日、トランプ大統領は商務省に対し、銅の輸入について「通商拡大法第232条」に基づく国家安全保障上の調査を開始するよう指示しました。
- この報告書の結果は、2025年11月22日までに提出される予定です。
- 農産品:未決定(示唆)
- 2025年3月3日、トランプ大統領は、「外部(外国)からの」農産品に対する関税が、同年4月2日から開始されることを投稿しました。
- 木材:未決定
- 2025年3月1日、トランプ大統領は商務省に対し、木材および派生製品の輸入に関する「通商拡大法第232条」に基づく国家安全保障上の調査を開始するよう指示しました。
- この報告書は、2025年11月26日までに提出される予定です。
- 2025年3月1日、トランプ大統領は商務省に対し、木材および派生製品の輸入に関する「通商拡大法第232条」に基づく国家安全保障上の調査を開始するよう指示しました。
- 自動車:25%
- 国別の関税措置:24%(相互関税)
これらの措置により、米国の貿易相手国・地域全般に関税負担が増大し、日本企業も多大な影響を受ける見通しです。
交渉の基礎となる日本と米国の産業構造
さて、そもそもアメリカはなぜこのような関税施策に打って出たのでしょうか。少しマクロの視点からその構造を確認していきます。
アメリカの経済と産業の構造
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上図はアメリカの約30年間における経常収支を示したグラフです。30年間経常収支は一貫して赤字で推移していることがわかります。これがトランプ大統領の言う、”アメリカは長らく搾取されてきた”という基となる数字です。
その構成を見ると「財の輸入」の金額が大きな比率を占めていることがわかります。アメリカの規模で見ると財の輸出もそれなりの金額があり、加えて、2005年頃からサービス輸出も伸びてきてはいますが、それでもコロナ禍以後、経常収支の赤字幅は拡大しています。
大きな関税率の設定は、この大きな「財の輸入」から政府収入を得ることが一つの目的となっています。

アメリカの製造業は衰退してしまったのでしょうか。上グラフはアメリカのGDPを各産業別の付加価値で色分けしたものになります。製造業が含まれるのは凡例のB,C,D,Eで表現されている赤い帯の部分ですが、30年間でややGDPは増加しているものの、他の産業の成長率と比較するとほぼ停滞していると言っても良いでしょう。

同様に比率で見たものとなります。赤い帯で示される製造業を含んだB,C,D,Eは1997年に20%前後だったところから年を追う毎に比率を下げている状況であり、製造業単体で見ると10%前後の様です。
一方で後ほど出てくる日本と比較すると、日本の構成もB,C,D,Eは25%弱であり、国の産業構造としてはそこまで大きく違いはないとも言えます。

最後に貿易統計を詳しく見ていきます。GDP構成でも見た通り、アメリカ製造業の輸出金額も決して小さいわけではありません。2023年のデータでは第84類機械類で約33兆円、第85類電気機器で約28兆円、第87類車両で約21兆円とかなり大きな輸出金額になっています。
一方で輸入はそれを超える金額になっており、第84類機械類で約64兆円、第85類電気機器で約65兆円、第87類車両で約53兆円と、それぞれ輸出の倍の金額規模を輸入しています。
アメリカにおける貿易収支黒字の1位は第88類航空関連機器で輸出金額は約17兆円、黒字金額は約13兆円です。また、アメリカはサービス収支も黒字ですが、これは、金融サービス、知的財産使用料、ビジネスサービスなど高付加価値サービスが支えています。
つまり、アメリカは比較優位の観点から、最も付加価値の出せる領域や産業に注力して利益を最大化しています。産業構造のシフトと捉えるべきでしょう。労働集約型の低コスト生産を他国に委ねた結果、米国内の関連職種(ブルーカラー製造業労働者)は減少しましたが、その分サービス部門の雇用や安価な消費財の恩恵が増えています。
そしてその減少したブルーカラー製造業労働者の実態を描いたのが、J・D・ヴァンスの半生を執筆した【ヒルビリー・エレジー】です。これを読むことでトランプ大統領の支持基盤がどの様な実態なのか、J・D・ヴァンスを含めた政権の思想が誰を向いているのか、解像度高く認識することができます。
今後のトランプ大統領の動き方を想像する参考情報となるでしょう。
私はNetflixで公開されている映画も合わせて見ましたが、普段私たちが思い描く、ニューヨークやカリフォルニアとは全く違う、もう一つのアメリカの世界観が描かれており、こういった層が国の大半を占めていると考えると、アメリカの捉え方もまた変わってきます。
日本の経済と産業の構造
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続いて日本の経常収支を見ていきましょう。日本の経常収支は黒字で推移しています。貿易収支単体で見ると製造業輸出で黒字だった期間も長くありましたが、東日本大震災以後の燃料輸入の増加で輸入金額も膨らみ、直近は貿易収支は赤字で推移しています。
日本で伸びているのは第一次所得収支で、直接投資収益と証券投資収益で構成されています。特に対外直接投資は日本国内の人口減・市場の縮小によって顕著に増えてきており、海外市場展開のための設備投資等が加速しています。

上グラフは日本のGDPを各産業別の付加価値で色分けしたものになります。日本の場合はそもそもGDP自体がほとんど伸びておらず、失われた30年と言われるのもこのグラフが示す通りです。凡例のB,C,D,Eで表現されている赤い帯の鉱業や製造業ですが、ここもほぼ横ばいになってしまっています。

同様に比率で見たものとなります。赤い帯で示される製造業を含んだB,C,D,Eは1994年と比較すると減少しているものの25%前後で推移しており、日本のGDPの1/4は製造業によって生み出された付加価値ということになります。

日本の2023年における貿易収支です。輸出は日本の主要産業である自動車を含む第87類車両が約22兆円と1位であり、次いで第84類機械類で約18兆円、第85類電気機器で約14兆円と製造業が全体金額の半分以上を占めています。
輸入は第27類鉱物製燃料が約27兆円と輸入金額の25%を占めており、以下第85類電気機器で約16兆円、第84類機械類で約10兆円となっています。電気製品についても中国からの輸入が大きくなっています。
収支で見ると第87類車両が約18兆円、第84類機械類で約8兆円とこの2つで日本の黒字金額の50%を超えており、一方で第85類電気機器は約2兆円程度の赤字となっています。
アメリカ関税による日本の産業と経済への影響
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さて、いよいよアメリカ関税による日本産業や経済への影響を見ていきたいと思います。上グラフは日本の対アメリカ品目別貿易収支の推移です。
日本の対アメリカ貿易収支は一貫して黒字基調であり、直近は8兆円程度の黒字となっています。黒字を作っている主要因は第87類車両(主に自動車)7.4兆円と第84類機械類2.7兆円で、その後に第85類電気機器1.4兆円が続きます。
一方で赤字は第27類鉱物製燃料の1.9兆円、第30類医療用品8,200億円、第10類穀物6,000億円となっています。
このように見ると、アメリカの思惑としては、日本にとっての大きな黒字(アメリカにとっての赤字)は減らし、大きな赤字(アメリカにとっての黒字)はより増やしていきたいと思うはずです。よって貿易統計の観点から見えれば関税に関する交渉優先順位は以下の様になるでしょう。
- 関税交渉論点
- 影響度大
- 自動車関連関税率の撤廃または大幅な税率の低減
- 相互関税率の撤廃、および相互関税率10%→24%への変更見送り
- その他論点
- 鉄鋼及びアルミニウム関連関税率の撤廃または大幅な税率の低減
- 半導体、医薬品、銅、農産物等の関税率追加設定の見送り
- 影響度大
また、関税交渉とはいえ、関税以外の要素もその交渉材料になり得ます。例えばトランプ大統領は非関税措置の不正行為として以下の様な項目を挙げて非難しています。
- 通貨操作
- 付加価値税(VAT)による実質的な関税および輸出補助金の効果
- コストを下回るダンピング(不当廉売)
- 輸出補助金およびその他の政府補助金
- 保護主義的な農業基準(例:EUでの遺伝子組み換えトウモロコシの禁止)
- 保護主義的な技術基準(例:日本のボウリングボール試験)
- 偽造、海賊版、知的財産の窃盗(年間1兆ドル以上)
- 関税逃れのための第三国経由の積み替え(トランスシッピング)
6番目については日本のボウリングボール試験として名指しで非難しています。以前は日本の米の関税について正確性は無いもののトランプ大統領から指摘がありました。
アメリカの貿易赤字の解消という観点では、日本からアメリカへの輸出における関税だけでなく、アメリカから日本における輸入、特にアメリカに強みのある第27類鉱物製燃料の1.9兆円、第30類医療用品8,200億円、第10類穀物6,000億円や、それらに次ぐ製品をより日本が受け入れるという選択肢もあります。
自動車産業への影響
日本の製造業で最も影響が大きいと考えられるのが自動車産業です。日本から米国への自動車完成車輸出額は2024年で約6兆円超、部品輸出が約1兆2,300億円にのぼり、両者を合わせると日本の対米輸出の約3分の1を占めます。トランプ政権が発動した25%の追加関税は、こうした巨額の自動車輸出に直接打撃を与えます。関税は4月2日に発動され翌日から徴収が開始されており、完成車だけでなくエンジンや変速機、電子部品など主要な自動車部品も対象となっています。輸出価格の25%もの関税コストは、日本車の米国市場での価格競争力を大幅に低下させ、販売減少につながることが避けられません。
実際、関税発動直後には日本の自動車メーカー各社の株価が急落し、業績悪化懸念が広がりました。ブルームバーグによる試算では、関税コストは一部を販売価格に転嫁せざるを得ないものの全てを転嫁することは難しく、最終的にはメーカーの利益圧迫要因となる見通しです。関税発動によりトヨタ自動車だけでも約100万台もの輸出車両が新たに関税対象となると報じられており、日本の完成車メーカーの業績や日本経済全体に与える影響は非常に大きいと懸念されています。
短期的には、メーカー各社は関税負担の一部を値上げで転嫁しつつも、販売減を最小限に抑える戦略を模索しています。しかし中期的には、生産拠点の見直しが避けられず、「輸出から現地生産へ」の流れが加速すると指摘されています。実際、三菱自動車は米国での生産再開を検討中と表明し、韓国の現代自動車も今後数年間で米国に約210億ドルを投資し生産拡大を図る計画を発表しました。日本メーカーも、北米向けモデルを日本・カナダ・メキシコの工場から米国内工場へ可能な限り移管する動きを強めると見られます。もっとも、米国工場の生産能力には限りがあり、また日本や第三国の工場を空洞化させるリスクもあるため、生産移転にも限界があります。一方、日本からの輸出台数が減少すれば、国内の自動車生産・雇用にもマイナス影響が及ぶ可能性があります。自動車産業は裾野が広く、日本の地域経済や関連部品産業まで波及効果が大きいため、この25%関税の影響は極めて深刻です。
電子機器産業への影響
電子機器(電気機器)産業もまた、広範な相互関税政策の下で大きな影響を受けると考えられます。トランプ政権の相互関税では、半導体・電子部品や通信機器、家電製品といった電気電子分野の製品も追加関税の対象に含まれています。米国市場向けの日本製電子機器には、従来関税が低率または無税のものも多く含まれていましたが、新たな措置により原則一律10%の追加関税が課され(その後各国ごとのレートに調整)るため、日本企業の価格競争力は相対的に低下します。例えば、日本が強みを持つ半導体製品は相互関税リストに明記されており、パワー半導体やセンサーなど日本製部品を米国企業が調達するコストが上昇する可能性があります。これにより、日本の電子部品メーカーは米国顧客からの受注減や値下げ圧力に直面しかねません。
また、日本メーカーの多くは製品の最終組み立てを中国や東南アジアで行い、米国に輸出しています。これらのサプライチェーンの混乱も懸念されます。米中貿易摩擦で既に中国発の電子機器には追加関税が課せられていましたが、今回の相互関税は原則国籍を問わず世界一律に適用される措置であり、日本企業が第三国経由で迂回輸出することも難しくなります。特にスマートフォンやゲーム機などは米国消費者への影響が大きいため、一部製品(スマホ等)は対象外に追加指定されましたが、産業用電子機器やコンピュータ、家電製品など幅広いカテゴリーで関税負担増は避けられません。
具体的な影響として、日本の電機メーカーは米国向け売上の減少や現地での調達比率向上への対応を迫られるでしょう。例えば、米国で販売する高級テレビやカメラ、オーディオ機器などに関税が上乗せされれば、日本ブランド製品の価格が上昇し競争力を損ないます。また電子機器に使われる素材・部品も対象となるため、日本企業が米国内の生産拠点や第三国に調達先を切り替える動きが出るかもしれません。加えて、日系IT・通信機器企業も政府調達案件などで不利になる恐れがあります。総じて電子機器産業では、輸出コスト増による採算悪化、需要減による輸出数量減、生産拠点の見直しといった影響が予想されます。もっとも、自動車ほど統計上目立つ即時的な落ち込みとはならない可能性もありますが、じわじわとサプライチェーンや利益率に悪影響が及ぶと考えられます。
鉄鋼・素材産業への影響
トランプ政権は安全保障を理由に2018年から世界各国に課してきた鉄鋼・アルミニウム関税(25%・10%)についても態度を硬化させました。2025年2月10日、トランプ大統領は鉄鋼・アルミ製品への追加関税措置を「拡大」する大統領布告を発表し、同月18日付の官報で新たに対象となる品目リスト(HSコード)が示されています。その内容は、アルミニウム製品の追加関税率を10%から25%に引き上げ、鉄鋼・アルミの派生品(加工品)も幅広く課税対象に加えるというもので、実施日は2025年3月12日とされました。この措置により、アルミニウムについては日本を含む諸外国から米国への輸出品すべてに鉄鋼と同じ25%の関税が課されることになります。
日本の鉄鋼メーカーにとって米国市場は輸出全体の一部ではあるものの、航空機や自動車向け特殊鋼など高付加価値製品を中心に重要な市場です。2018年の関税発動後、日本は米国と交渉し一部の鉄鋼製品について輸出数量枠(関税割当)を獲得していましたが、今回の措置強化でその枠組みが見直される可能性もあります。仮に日本向けの数量割当が維持されても、アルミ製品について新たに25%関税が恒久化されれば、自動車部品やアルミホイール、飲料缶材料など日本企業が供給するアルミ素材の価格競争力は低下します。輸出企業はコスト増分を米国顧客に転嫁しにくいため、利益率の低下やシェア喪失につながりかねません。
さらに、鉄鋼関税は日米間だけでなくグローバルなサプライチェーンに波及します。日本製の高品質鋼材・部品を使用して米国で製造している製品(例えば日本メーカーの米国工場で組み立てる車両や機械)についても、必要な素材を他国から調達するか追加コストを負担するかの選択を迫られます。代替材を現地調達する場合、品質や安定供給の面で課題が生じる可能性があります。日本の素材産業(鉄鋼・非鉄金属)において米国向け輸出は全輸出の占める割合自体は大きくないものの、利益率の高い製品が多いため、関税による収益減少の影響は無視できません。
なお、鉄鋼・アルミ関税措置は日本以外の同盟国にも適用されており、EUや英国、韓国などは例外措置や報復関税をめぐって米国と対立を深めています。日本政府も今回の関税拡大に「極めて遺憾」と表明し、引き続き日本産鉄鋼・アルミの除外を強く求めていく姿勢です。しかし現状では25%関税が存続しているため、短期的には日本の鉄鋼・素材各社は米国向け輸出量の縮小や他市場への振替を余儀なくされるでしょう。
日本の貿易収支・経常収支への影響
上記のような主要産業における輸出減少は、日本の貿易収支にも顕著に表れてくると予想されます。もともと日本は近年、エネルギー輸入増などから貿易収支が赤字基調でした(例えば2024年度の貿易収支は5兆2,217億円の赤字で4年連続の赤字)。米国向け関税強化で自動車や機械類の輸出額が落ち込めば、対米貿易黒字は大幅に縮小し、日本の総貿易収支の赤字幅が再拡大する可能性があります。NRIの試算によれば、25%の自動車関税が継続することで、日本から米国への自動車関連輸出は減少し、それだけで対米黒字は2~3兆円規模で縮小するとの試算もあります。相互関税24%によりそれ以外の製品も広範に輸出減となるため、米国向け輸出全体では一段と大きな減収要因となります。日本からの輸出品全体に平均60%もの関税を課してようやく対米貿易黒字が解消される計算ですが、その場合日本のGDPは1.4%も押し下げられるとされ、現実的でないことが示唆されています。とはいえ今回の関税措置でも、対米黒字の相当部分が削られ日本の輸出収益が減少するのは避けられず、貿易収支の悪化要因となります。
一方で、日本の経常収支全体への影響も注視が必要です。経常収支は貿易収支に加えて海外投資収益やサービス収支を含む指標であり、近年日本は対外純資産による投資収益の増加で経常収支黒字を維持・拡大してきました。実際、2024年の経常収支黒字は円安も手伝って17年ぶりの過去最大水準を記録しています。今回の関税措置により貿易赤字が拡大しても、一次所得収支(企業の海外利益や配当収入)は引き続き大幅黒字が見込まれるため、経常収支自体は黒字を維持する可能性が高いでしょう。しかし、輸出不振による企業業績悪化が海外現地法人の収益減少にも波及すれば、海外からの配当・利益送金も減少し、経常黒字縮小要因となり得ます。
また、貿易収支の悪化は為替や国内経済政策にも影響を与えます。輸出減少はGDP成長率を押し下げるため、日本銀行の金融政策正常化(利上げ)を後ろ倒しさせる圧力になるとの指摘もあります。為替面では、貿易赤字拡大は経常黒字縮小による円安要因となる一方、リスク回避の円買い圧力もあり得るなど不確実性が増します。仮に円安が進めば輸入物価が上昇し、今度は日本のエネルギー・食料品貿易収支がさらに悪化するといった負の連鎖も懸念されます。総じて、米国の関税政策は日本の対米輸出を減少させ、対米貿易黒字を大幅に圧縮する見込みであり、それに伴って日本全体の貿易収支の赤字傾向が強まり、ひいては経常収支黒字の縮小やマクロ経済運営上の制約となるリスクがあります。
今後の交渉に注目する要点
こうした影響に対処すべく、日本政府および関係機関は対応策の検討・実施を進めています。上動画は自民党が公開している今回の関税交渉を担当する赤澤大臣の訪米後のコメントです。具体的に踏み込んだ言及は交渉初期の段階では難しい様ですが、アメリカとの対話の雰囲気は掴むことができます。
日本政府の対応は短期的には以下の2点となるでしょう。
(1)米国との二国間交渉: 日本政府はまず外交ルートを通じて関税措置の緩和・除外を強く求めています。石破茂首相は「あらゆる選択肢が検討対象になる」と述べ、国家の利益を守るために必要な対応を取る考えを示しました。武藤経産相も自動車関税の発動に対し「極めて遺憾」であるとし、日本として引き続き除外を求めていく方針を表明しています。具体的には、日米閣僚級の協議の場を設け、米側に日本車・日本製品が米国経済にもたらす利益や安全保障上の無害性を訴えるなど、関税措置の再考を働きかけています。4月中旬からは日米間で正式な関税協議も開始されており、米側の要求(例えば為替問題や輸入数量管理)も踏まえつつ外交的解決を図る構えです。日本側は1980年代の日米貿易摩擦の経験も参考に、必要であれば自主規制(輸出数量の抑制)や対米投資拡大策の提示などで妥協点を探る可能性もあります。しかしトランプ政権は自国産業保護を最優先しており、早期の撤回を得るハードルは高いのが現状です。
(2)国内支援策の拡充: 関税の影響を受ける企業・産業への国内支援も重要な対応策です。経済産業省やジェトロ(日本貿易振興機構)は「米国関税措置等に伴う日本企業相談窓口」を設置し、全米および関係国の在外公館・国内事務所に専門家を配置して日本企業からの個別相談に応じています。この窓口では関税措置の内容説明や、米国への申入れ手続き、代替調達先探しなど実務面の支援が行われています。政府はまた、影響を受ける企業への金融支援や減税措置も検討しています。例えば、中小の部品メーカーなどには緊急融資枠や補助金を用意し、資金繰りや設備投資負担を緩和する策が考えられます。大手自動車メーカーに対しても、国内生産維持や雇用確保を促す観点から工場設備投資減税の拡充などが議論されています。また、為替相場への対応として、必要に応じ日銀と連携し市場安定化を図る準備もしています。政府内には「産業競争力強化法」等の枠組みを活用し、被害を受ける産業への特別措置法的支援(例えば関税相当額の還付補助や共済制度創設)を求める声もあります。もっとも、こうした支援策は財政負担を伴うため、実施には慎重な検討が行われています。