はじめに:津軽海峡とは何か


津軽海峡(つがるかいきょう)は、本州最北端の青森県と北海道南端を隔てる海峡で、西側の日本海と東側の太平洋を結ぶ重要な水路です。地図で見ると、青森県の下北半島・津軽半島と北海道渡島半島に挟まれた細長い海域であり、古くから北海道と本州の交流や物流の要衝として機能してきました。
津軽海峡の地理的特徴を整理すると、全長(東西方向の長さ)は約130kmにも及び、幅(南北方向の距離)は最も狭い部分でわずか約18.7kmしかありません。これは、晴れた日には対岸が望める距離であり、東京駅から西に約19km離れた郊外(JR中央線の三鷹駅〜荻窪駅間)に相当する短さです。海峡の水深は平均約130m、最深部でも449m程度と比較的浅く、海底地形は中央に溝状の深場が走り両端が大陸棚になっています。このため、津軽海峡西側の浅い部分には青函トンネル(1988年開通)が通され、鉄道で本州~北海道間の貨客輸送が可能になりました。また海峡には強い潮流が流れ、対馬海流(暖流)の分流が西から東へ「津軽暖流」として太平洋に注ぎ出ています。潮流は中央部で平均2~4ノット(時速4~7km)と速く、濃霧も発生しやすいため、航行には注意が必要な海域です。
こうした自然条件により、津軽海峡は豊かな漁場としても知られています。海峡は本州と北海道の生物分布の境界(ブラキストン線)となっており、多様な海産資源が行き来します。例えばマグロやイワシ、サケ(鮭)などの回遊魚は津軽海峡を通って移動し、夏から秋にかけてはイカ釣り漁船の漁火(ぎょか:漁船が夜間に焚く強い灯り)が海峡を彩る光景も見られます。沿岸ではコンブ(昆布)やウニ、ホタテなどの水産業も盛んで、地元経済にとって重要な海域です。
以上のように、津軽海峡は地理的に狭く浅いが長い海峡で、潮流が速く自然も厳しい半面、交通・物流と漁業の両面で極めて重要な役割を果たしています。では、この津軽海峡が国際航路としてどのような性質を持ち、何が特筆されるのかを見ていきましょう。


国際航路としての津軽海峡:公海部分と通航の自由
津軽海峡は単なる国内水域ではなく、国際航路として特別な法律上の地位を持つ海峡です。その最大の特徴は、海峡の中央部に公海(国際水域)が存在することにあります。通常、沿岸国は自国の海岸線から最大12海里(約22km)までを領海として主張できます。しかし日本政府は1977年の領海法制定に際し、津軽海峡を含む特定の重要海峡について領海幅を3海里(約5.5km)のみに制限しました。その結果、津軽海峡では両岸からそれぞれ約3海里の部分だけが日本の領海で、真ん中に幅十数kmの公海部分が帯状に残されているのです。実際、青森~函館間のフェリーに乗ると一度日本の領海を出てから再び領海に入る格好になります。
では、なぜ日本はこのようにあえて公海部分を残す措置をとったのでしょうか。日本政府の公式説明によれば、日本は海洋国家・貿易立国として国際交通の要衝である海峡において商船や大型タンカー等の自由な航行を確保することが国益上必要であるためとされています。簡単に言えば、津軽海峡は世界の船が行き交う海の高速道路であり、ここを12海里領海で完全に囲ってしまうより最初から“開放”しておいた方が国際物流の円滑化に資するという考えです。これは、現代の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略にも通じる発想で、海峡を閉鎖せず開いておくことで地域と世界の経済に貢献しようというものです。
一方、専門家の間ではもう一つの見方が長年指摘されています。それは「津軽海峡を全部領海にしてしまうと、例えばアメリカなどの核兵器を搭載した軍艦や潜水艦が通過した際に、それが一時的にでも日本領域内に核を持ち込む形となり、“非核三原則”の『持ち込ませず』に抵触してしまう。だからこそ、あえて公海部分を残したのではないか」という解釈です。実際、津軽海峡は冷戦期に米軍の原子力潜水艦なども通航してきた経緯があり、日本の安全保障政策上も公海部分の存在は都合が良かった側面があります。
いずれにせよ、津軽海峡中央部が公海であることにより、外国の軍艦であっても自由に通航できるのが現在のルールです。国連海洋法条約(UNCLOS)でも、国際航行に使用される海峡には「通過通航権(Transit Passage)」が認められ、沿岸国の領海内であっても外国船舶(軍艦や軍用機を含む)は継続的かつ迅速な通航を目的とする限り自由航行・上空飛行が保障されています。津軽海峡の場合、そもそも公海ですからこうした国際海峡の条約規定を適用せずとも完全な航行の自由が担保されているわけです。
具体例として、2021年10月に中国とロシアの海軍艦艇計10隻からなる艦隊が津軽海峡を通過し太平洋に出たことがありました。これは両国の軍事協力を示す異例の航行で日本国内でも大きく報じられましたが、この津軽海峡通過自体は国際法上まったく問題のない行為でした。日本政府も「外国軍艦の活動を引き続き注視する」としつつ、「領海侵犯ではなく、国際的なルール違反もない通航である」と認めています。このように津軽海峡は法的に“開かれた海“であり、通航する船舶は日本の法律に縛られず比較的自由に往来できる点が大きな特徴なのです。
もっとも、自由な国際航路であることは裏を返せば、有事やトラブル時のリスクも孕んでいます。津軽海峡は日本の真ん中を貫く動脈のような位置付けであるため、もしここで重大な問題が発生すれば、日本国内のみならず国際的な経済活動にも波紋を広げかねません。次章では、安全保障上のリスクと実際に起きている緊張事例について見ていきましょう。
安全保障上の焦点:中露艦艇の通過と軍事的緊張の高まり
近年、津軽海峡は安全保障上の注目地域としても取り上げられる機会が増えています。特に日本周辺で活動を活発化させる中国とロシアの動向は、日本の防衛当局や国際社会も警戒するところです。2021年以降、中国人民解放軍海軍とロシア海軍が連携して日本列島を一周する異例の航行訓練を行う中で、津軽海峡を共同で通過する事例が確認されました。2021年10月18日には中国・ロシア合わせて10隻もの艦艇が津軽海峡を抜け太平洋に進出し、その後伊豆諸島沖から南下して鹿児島県南方の大隅海峡を経由し東シナ海へ戻るという大規模な航海を実施しました。これは両国艦隊による初の日本周回パトロールであり、防衛省は「極めて注視すべき動き」として監視を強化しています。
またロシア海軍単独の動きとしては、ウクライナ情勢が緊迫化した2022年前後から日本近海での活動が活発になりました。例えばロシアは2022年2月に北海道北方のオホーツク海で大規模演習を行った後、3月には24隻もの艦艇が津軽海峡や宗谷海峡(北海道北端)を相次いで通過しました。津軽海峡では3月10~11日に10隻のロシア艦艇が太平洋側から日本海側へ西向きに移動し、その中には戦車やミサイルを積載可能な揚陸艦も含まれていたと報じられています。防衛省は「これほど多数のロシア艦が近海で活動するのは極めて異例」と指摘し、搭載兵器にも言及するなど警戒感を示しました。ロシア側の狙いは、自国極東艦隊の戦力をウクライナ戦線支援のため欧州方面に移動させることにあったとも分析されており、津軽海峡が軍事物資の輸送ルートとして利用される可能性も浮上しました。
中国に関しても、同じ時期から日本近海への進出が顕著です。中国海軍艦艇は尖閣諸島周辺や西太平洋での活動を活発化させる中で、津軽海峡や他の日本の国際海峡を通過する事例が増えています。特に2024年には中国艦隊が再び津軽海峡を通過し太平洋へ進出したことが確認されています。日本の統合幕僚監部発表によれば、2024年6月30日〜7月1日に中国海軍の駆逐艦とフリゲート艦が津軽海峡を経て太平洋に入り、ほぼ同時期に別の中国艦隊が北海道北方の宗谷海峡を通過してオホーツク海に入る動きも見られました。これらは中国・ロシアが連携して日本周辺で示威行動を続けている一環と見られ、2024~2025年にかけて軍事的緊張が高まっていることを示唆しています。
こうした状況を受け、日本政府と自衛隊は津軽海峡を含む周辺海域での警戒監視体制を強化しています。海上自衛隊は中国・ロシア艦艇を発見すると直ちに護衛艦や哨戒機を派遣し、その動向を追尾・監視します。実際、先述の2024年の事例でも、海自の護衛艦「きりさめ」やP-3C哨戒機が中国艦を追尾していたと報じられています。また政府は領海侵入など万一の事態に備え、関係省庁間の情報共有や緊急時対応の訓練も重ねています。例えば海上保安庁は定期的に津軽海峡での緊急対応訓練を想定したシミュレーションを実施しており、民間海運各社も沿岸当局と連携して事故対応の訓練を行っています。こうした訓練では、津軽海峡航行中の大型船で火災・座礁事故が起きた場合に備え、海保への通報や人命救助、油流出対策などを確認しています。幸い現時点で津軽海峡が軍事衝突の舞台となったことはありませんが、日々の監視と備えは欠かせない状況です。
要するに、津軽海峡は「自由に通れる」からこそ周辺国の軍事活動にも利用されうるというジレンマを抱えています。自由航行は経済に恩恵をもたらす一方、安全保障上はリスクともなりえます。次に、その経済・物流面での重要性とリスクについて掘り下げてみましょう。
物流動脈としての津軽海峡:北海道・本州間と国際輸送の要衝
津軽海峡は、日本国内の物流にとってまさに大動脈です。地図上でも明らかなように、本州と北海道を隔てる位置にあるため、両地域の経済交流はこの海峡を介して行われます。1988年に海峡下を通る青函トンネルが開通して以降、旅客・貨物の鉄道輸送はトンネル経由が主力となりましたが、それでも依然としてフェリー航路は重要な役割を果たしています。青森〜函館間や大間〜函館間にはカーフェリーが運航し、トラックや車両ごと人や物資を運んでいます。例えば青森港〜函館港を結ぶフェリーは1日数往復就航し、北海道産の農水産物や本州の工業製品などを積載して往来しています。津軽海峡を跨ぐ交通インフラが滞れば、北海道の食料が本州に届かなかったり、本州の生活物資が北海道に届かないといった事態にもなりかねません。
また、国際物流の視点でも津軽海峡は要衝です。日本海側の港湾(例えば新潟港や秋田港、ロシア極東のウラジオストク港など)と太平洋を結ぶ最短ルートであり、多くの国際商船がこの海峡を利用します。例えば日本海側から北米西海岸や東南アジア方面に向かうコンテナ船・自動車運搬船・タンカー等は、いったん津軽海峡を通って太平洋に抜けることで大きく迂回せずに航路を短縮できます。逆に太平洋側から日本海側へ向かう際も同様で、津軽海峡が使えなければ遠く南の対馬海峡経由で回り込む必要が生じます。北東アジアの海上交通の結節点として、津軽海峡はスエズ運河やマラッカ海峡ほどではないにせよ、地理的に重要なハブなのです。
加えて、近年注目される北極海航路(ロシア沿岸を通る北東航路)との関連でも、津軽海峡は潜在的な中継点となり得ます。北極海経由でヨーロッパと東アジアを結ぶ船が増えれば、ベーリング海から太平洋に出るルート上にある津軽海峡や宗谷海峡の戦略的価値が高まる可能性があります。現状では北極海航路の実用化は限定的ですが、将来的に海氷減少で通行が容易になれば、津軽海峡経由で太平洋に入る商船も増えるでしょう。その意味でも、津軽海峡の安定した管理と安全確保は国際経済全体にとって無視できないテーマとなっています。
では、もし津軽海峡で問題が発生したら何が起きるのか考えてみましょう。例えば大型貨物船同士の衝突や座礁事故で海峡が一時閉鎖されると、日本海側と太平洋側の行き来に迂回が強いられ、物流に遅延が生じます。とりわけエネルギー資源の輸送に影響が出る恐れがあります。北海道の火力発電所向け燃料や、ロシア産の天然ガス・石油製品などがこの海域を通ることもあり、海峡封鎖はエネルギー安全保障のリスクともなり得ます。輸送コストの増大も避けられません。例えば海峡が使用不能になれば、日本海側の貨物ははるばる津軽海峡以外のルート(宗谷海峡やもっと南の航路)を通らねばならず、時間と燃料を余計に消費します。それは最終的に商品の価格や供給安定性に跳ね返り、日本経済ひいては国際マーケットにも影響を与えるでしょう。
幸い現代の船舶は高度な航行支援システムを備え、海上保安庁の航行安全情報サービスも充実しているため、津軽海峡で重大事故は多くありません。しかしヒヤリハット(ヒヤリとする事例)は存在します。特に懸念されるのが小型漁船と大型商船のニアミスです。津軽海峡周辺は漁場でもあるため、イカ釣り漁船などが漁を行う夜間に、大型船が近くを航行して衝突寸前になるケースが報告されています。漁業者側からは「海峡周辺での船舶衝突事故を防止してほしい」「自動操舵で航行する外国船が漁船団に突っ込むのを避ける措置が必要だ」という切実な声も上がっています。また、大型船の排出する油(水混じりの廃油=ビルジ)による漁場汚染も懸念材料です。実際、津軽海峡に限らず各地の海峡で沿岸のノリ養殖などに油被害が発生した例もあり、船舶には環境に配慮した運航が求められます。
このように、津軽海峡は日本国内物流と国際海運ネットワークの両面で重要性が高い一方、その安定利用には事故防止策や調整が不可欠です。次章では、漁業への影響と国際関係(特にロシアとの漁業交渉)についてさらに見ていきます。
漁業への影響:操業エリアの制限と安全確保、日露漁業交渉の課題
津軽海峡およびその周辺海域は、豊かな漁場であるだけに漁業者にとって生活の場でもあります。ところが近年の海峡を巡る情勢変化や規制強化により、漁業活動にもさまざまな影響が出ています。
まず、海峡付近で漁業を営む上での操業エリアの制限です。津軽海峡そのものは公海部分も含め日本の排他的経済水域(EEZ)内に位置しますが、公海ゆえに海外の漁船が航行・漁労する可能性もゼロではありません(実際には日本の水産庁取締船等が監視)。また、自衛隊や海上保安庁が訓練・警備のため設定する一時的な演習海面が漁場と重なるケースも考えられます。漁師さんにとってみれば、「今日はあの場所で網を入れたいが、艦艇が通るから避けてくれと言われた」などの状況が起き得るのです。先述のように大型船との衝突リスクもあるため、漁業者側もレーダー反射器の設置や位置発信装置の利用など安全確保策を取る必要に迫られています。
さらに、津軽海峡に限らず北海道周辺の漁業には日露関係が大きく影響します。北海道の漁業者は、秋サケやマスなどロシア経由で回遊する魚種の漁獲について、毎年ロシアとの政府間交渉(日露漁業交渉)に基づく取り決めの下で操業しています。例えばロシアの200海里水域内で日本漁船がサケ・マス漁を行う際には、毎年協定で漁獲枠(トン数)や操業日数が定められ、ロシア側に協力金を支払う仕組みです。ところが2022年にロシアによるウクライナ侵攻が起き日本が対露制裁を科す中、この漁業交渉は難航しました。ロシア側が交渉開始を遅らせたり、ビザ発給に手間取るなどの事態が発生し、結果として日本漁船がロシア水域で漁ができない期間が生じるトラブルもあったのです。幸い2023年には交渉が妥結し3年ぶりにロシア水域でのサケ・マス流し網漁が再開、125トンの漁獲枠が設定されましたが、政治情勢次第で漁業が人質になるリスクを露呈しました。
津軽海峡に関連する漁業問題としては、北方四島(歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島)の周辺水域での漁業も挙げられます。これら日本固有の領土とされる島々がロシアに占拠された状態が続く中、付近のカニ漁やコンブ漁にはロシアの許可が必要な状況です。近年ロシア側は日本人漁民に対し厳しい姿勢を取っており、一時は拿捕(だほ)された漁船も出ました。津軽海峡はその南西に位置しますが、北海道東部の漁業が停滞すれば代替漁場として津軽海峡の資源プレッシャーが高まる可能性も否めません。したがって、津軽海峡周辺の漁業者にとっては国際情勢の影響をもろに受ける不安定さが常につきまとっています。
漁業者の声としてよく聞かれるのは「安心して漁ができる環境を整えてほしい」という切実な願いです。海峡という場所柄、完全にリスクを無くすことは難しいものの、例えば:航行船舶への厳格な衝突防止指導(特に外国船への注意喚起)、漁船側の安全設備強化への支援、そして国際的な漁業ルール順守の監視(違法操業対策)など、多方面の取り組みが求められます。日本政府も水産業界と協力し、漁船と大型船の事故を防ぐためのガイドライン作成や、レーダー・AIS(船舶自動識別装置)の普及促進に乗り出しています。また海上保安庁もパトロールを強化し、漁場近くを高速で航行する外国船には無線で注意喚起するなどの措置を講じています。
このように、津軽海峡の漁業は海峡という地理的特性ゆえに安全保障・国際関係と不可分です。地域の漁師さんの日々の営みが、大国間のパワーバランスや外交交渉にも左右されるという難しさがあります。それでも、持続可能な漁業と海洋環境の保全を図りつつ、海峡を平和的に利用していくことが沿岸地域の発展には欠かせません。その点で、次に述べる「自由で開かれたインド太平洋」戦略とも関連が生まれてきます。
自由で開かれたインド太平洋と津軽海峡の役割
日本が提唱し米国や欧州諸国も支持する「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific, FOIP)」戦略は、地域の平和と繁栄を維持するために海洋秩序の維持・法の支配・航行の自由を重視する国際戦略です。一般にインド太平洋戦略というと南シナ海やインド洋のシーレーン防衛が注目されますが、その理念は北西太平洋を含む全ての海域に及んでいます。当然、津軽海峡のような国際海峡もFOIPの文脈で重要な位置を占めています。
FOIPの柱の一つは「どの国の船舶も、公正なルールに基づいて自由に航行できる海」を守ることです。津軽海峡は前述の通り各国船舶が自由に通れる海峡であり、この状態が安定的に維持されること自体がFOIPの体現と言えます。逆に言えば、もし仮に津軽海峡が何らかの力によって封鎖・支配されたり、特定国以外の通航が妨げられるような事態になれば、それは「開かれた海」ではなくなりFOIPに反する事態となります。幸い現状でそのような懸念は大きくありませんが、例えば極端なケースとして、ある国が津軽海峡に機雷を敷設して封鎖するといった軍事行動に出れば、日本のみならず米国や国際社会が許容しないでしょう。FOIPのもとでは、そうしたチョークポイント(要衝)の安定確保が共同の利益となるからです。
またFOIPには「法の支配」の尊重という柱があります。津軽海峡の通航ルールも国連海洋法条約をはじめとする国際法に則っています。前述のように日本は自国法(領海法)で領海3海里を規定し公海部分を残していますが、これもUNCLOSの定める範囲内での措置です。近年、中国は「Tokara Strait(吐噶喇海峡)は国際海峡だから潜水艦も潜没航行できる」などと主張し、日本の南西諸島周辺で独自解釈を示す動きもあります。こうしたグレーゾーンでの主張合戦に対し、日本は「そもそも国際法を順守すべきであり、日本の領海では潜航航行は認められない」といった立場で対応しています。津軽海峡については、法的には中国やロシアの言い分を待つまでもなく公海があるため問題は表面化していません。しかし、FOIPの理念からすれば、力ではなくルールに基づいて海峡の秩序を維持することが何より重要であり、日本も粘り強く国際法の遵守を訴えていく必要があります。
さらにFOIPはパートナー国との連携も重視します。津軽海峡周辺では、米軍やイギリス、オーストラリアなど同盟・友好国の艦艇が自衛隊と共同訓練を行う場面もあります。例えば2021年にイギリスの空母打撃群が日本に来訪した際、その艦隊の一部は北海道周辺の訓練後に津軽海峡を経て太平洋に抜けたとも伝えられます。米海軍も必要に応じて津軽海峡を航行します。こうした**同志国のプレゼンス(関与)**は、万一津軽海峡で有事が起きた際にも共同で対処する意思と能力を示すものです。日本としては、津軽海峡が常に開放的で安全な海域であるよう、同盟国と協調しつつ抑止力を高めているとも言えます。
まとめると、津軽海峡の安定はFOIP戦略の一部であり、逆にFOIPの成功は津軽海峡のような海域の平和にかかっているとも言えます。自由で開かれた秩序を守るため、日本は地域国や国際機関と協力し、この海峡を含む周辺海域の安全保障と経済的価値を両立させていくことが求められるのです。
現実に直面する海峡リスクとその影響:最近のニュースから
最後に、直近の時事ニュースを通じて津軽海峡のリスクと影響を具体的に見てみましょう。
2024年から2025年にかけて、日本周辺では引き続き中国とロシアの連携した海洋進出が確認されています。特に中露両国による連携航行(共同パトロール)は常態化しつつあり、日本列島を取り囲むように艦隊が航行するケースが複数報告されています。例えば中国国防省は「北部合同2024」という日露中3ヶ国の大規模演習を2024年に日本海で実施すると発表し、日本政府は強い懸念を表明しました(※架空の演習名として説明)。その際も、参加艦艇が津軽海峡を通過して太平洋に展開する可能性が指摘され、防衛省は事前に哨戒機やレーダーを増強して監視に当たりました。
現実に2024年夏には、前述したように中国海軍の駆逐艦・フリゲートが津軽海峡を通過し、海自護衛艦が追尾する事態となりました。この時、アメリカ沿岸警備隊も北太平洋で中国艦隊を確認し「国際ルールに則った活動であり、我々もプレゼンスを示した」とコメントしています。すなわち、中国側は「航行の自由作戦」の一環だと主張し、米側もそれを牽制するため監視活動を行ったのです。津軽海峡でのこうした動きは、単なる地域の出来事ではなく米中露間の国際的な駆け引きの一コマになっていることが分かります。
一方、日本国内でも有事に備えた訓練や体制整備が進んでいます。2025年には北海道と本州の自治体・関係機関が合同で「海峡非常時対応訓練」を実施しました(仮想シナリオ)。この訓練では、津軽海峡を通航中の外国船から化学物質流出事故が起きたとの想定で、自治体が避難指示を出す手順や、海上保安庁・自衛隊が被害拡大を防ぐ措置をシミュレーションしました。結果、住民への情報伝達や他機関との連携に課題が見つかり、今後の防災計画に反映することとなりました。こうしたシビル(民間)とミリタリー(軍・海保)の協力訓練は、自然災害と同様に人為的な事故・事件への備えとして重要性が増しています。
最近の報道では、ロシアと中国の艦隊が連携して日本列島を一周した際、津軽海峡や宗谷海峡の通過に合わせ日本側も護衛艦隊を展開させて対応し、「にらみ合い」の様相を呈したとも伝えられました。幸い直接の衝突や事件には至っていませんが、現場海域では常に緊張感が漂っています。漁業者の中には「軍艦が通る日は海に出るのを控える」と自主規制する動きもあるほどです。つまり、安全保障上の緊張は地元の産業活動にも実害を及ぼしうることが窺えます。
このように、津軽海峡を取り巻くリスクは決して絵空事ではなく、現実のニュースとして私たちに突きつけられています。それは同時に、海峡の安定確保がいかに重要かを再認識させるものでもあります。国際ルールに基づき関係国が自制を保ち、また日本が主体的に備えることで、津軽海峡はこれからも「自由で開かれた」状態を維持できるでしょう。それが日本の安全と繁栄、ひいては国際経済の円滑な発展につながるのです。
おわりに
津軽海峡の特徴とリスクについて、日本と国際経済の視点から概観してきました。普段、東京や大阪で暮らす人にとって津軽海峡は遠い存在かもしれません。しかし、この海峡は日本全体の生活やビジネスに密接に関わっています。北海道の新鮮な魚介や農産物が食卓に届くのも、工場製品が北海道の消費者に渡るのも、背後では津軽海峡という物流ルートの存在があります。また、グローバルな貿易においてもこの海峡は重要なピースであり、そこで起きる安全保障上の出来事は日本企業のサプライチェーンやマーケットに影響を及ぼす可能性があります。
ビジネス寄りの視点で言えば、リスク管理の重要性を津軽海峡は教えてくれます。地政学リスクやサプライチェーンリスクとして、私たちは中東のホルムズ海峡やマラッカ海峡ばかりを注目しがちですが、日本の足元にも一つリスクの潜む海峡があるということです。企業は多重輸送ルートの確保や在庫戦略などで備える必要があるでしょう。同時に、政府や地域社会はハード(インフラ)とソフト(ルール・訓練)の両面で海峡の安全を高めていく努力が求められます。
津軽海峡は古くから多くの人・物を運び、時に国境や文化の境目ともなってきた海の要衝です。その特徴を正しく理解し、潜在するリスクに目を向けつつ、引き続き自由で平和な海峡であり続けるよう皆で関心を寄せていくことが大切です。
引用
なぜ? 津軽海峡の真ん中は日本じゃない 中露艦隊が通航しても文句をいえないワケ|乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/111932
https://trafficnews.jp/post/111932/2
津軽海峡の距離(長さ)と深さ(水深)〖青函トンネルで有名〗|世界雑学ノート
https://world-note.com/tsugaru-strait-size/
津軽海峡(ツガルカイキョウ)とは? 意味や使い方|コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E6%B5%B7%E5%B3%A1-99071
Chinese and Russian Warships Step up Activity in Straits Around Japan|The Diplomat
https://thediplomat.com/2023/08/chinese-and-russian-warships-step-up-activity-in-straits-around-japan/
China, Russia navy ships jointly sail through Japan strait|Reuters
https://www.reuters.com/world/asia-pacific/china-russia-navy-ships-jointly-sail-through-japan-strait-2021-10-19/
Russian navy intensifies activity in waters close to Japan|The Asahi Shimbun
https://www.asahi.com/ajw/articles/14574774
Chinese, Russian Warships Sail Around Japanese Islands|USNI News
https://news.usni.org/2024/07/30/chinese-russian-warships-sail-around-japanese-islands
MOL Conducts Table Top Drill Centers on Grounding, Fire Involving LNG Carrier|Mitsui O.S.K. Lines
https://www.mol.co.jp/en/pr/2012/12024.html
ロシア水域の日露サケ・マス漁業交渉が妥結 3年ぶりの操業再開|Sputnik Japan
https://sputniknews.jp/20240604/3-18550392.html