本記事の解説動画

本記事のまとめ動画もご覧ください

米中関税交渉の最新合意を読み解く

2025年5月11〜12日にかけてスイス・ジュネーブで行われた米中閣僚協議は、関税応酬に一定の歯止めをかける「90日間の相互関税一部停止」を柱とする暫定合意に到達しました。ホワイトハウスが連続して発表した声明・ファクトシートをもとに、本件を以下の観点で整理していきます。

1. 米中経済・貿易会合に関する共同声明(ジュネーブ)の内容


米国は以下を行う:
(i) 2025年4月2日付の大統領令第14257号に基づいて課されている、中国(香港特別行政区およびマカオ特別行政区を含む)からの輸入品に対する追加従価税率の適用を修正し、当該税率のうち24ポイントを90日間の初期期間に限り停止する。その上で、同令の条件に基づき、これらの輸入品に対する残りの従価税率10%を維持する。
(ii) また、2025年4月8日付の大統領令第14259号および同年4月9日付の大統領令第14266号に基づき課された、修正された追加従価税率を撤廃する。

中国は以下を行う:
(i) 国務院関税税則委員会2025年第4号公告に基づいて課されている、米国からの輸入品に対する追加従価税率の適用を修正し、当該税率のうち24ポイントを90日間の初期期間に限り停止する。その上で、これらの輸入品に対する残りの従価税率10%を維持し、2025年第5号および第6号公告に基づき課された修正された追加従価税率を撤廃する。
(ii) さらに、2025年4月2日以降に米国に対して講じられた非関税的な対抗措置について、すべての必要な行政措置を講じてその停止または撤廃を行う。

上記措置の実施後、両国は経済および貿易関係に関する協議を継続するためのメカニズムを設立する。中国側の代表は国務院副総理の何立峰(He Lifeng)とし、米国側の代表はスコット・ベセント財務長官およびジェイミソン・グリア米通商代表部代表(USTR)とする。これらの協議は、中国および米国、または両国が合意した第三国において交互に開催される可能性がある。必要に応じて、両国は経済および貿易に関連する事項について実務レベルでの協議を行うことができる。

引用:Joint Statement on U.S.-China Economic and Trade Meeting in Geneva https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/2025/05/joint-statement-on-u-s-china-economic-and-trade-meeting-in-geneva/(2025-5-12参照)

上記がホワイトハウスから発表された米中共同の声明文内容であり、ポイントをまとめると以下の表の通りとなります。

2. 事実の整理

主要項目内容期限・期間
関税の一時停止4月初旬に相互に課した追加34%相当分の内24%関税を90日間停止10%の基礎関税は維持2025年5月14日までに実施
相互の追加関税撤廃米国:4月8・9日付の追加関税、
中国:4月4日以降の報復関税を撤廃
同上
非関税措置の停止中国は4月2日以降の米国向け非関税対抗策を停止、米国は関連措置を見直し同上
協議メカニズム代表:米国=ベセント財務長官・グリアUSTR、
中国=何立峰副首相。必要に応じ実務協議
継続的
フェンタニル対策両国が前駆物質の流通阻止で協力合意文書で明記

また、アメリカがリリースしているファクトシートでは、「米国にとって歴史的な貿易勝利を確保」と銘打ちながら、以下の通りの記載があります。

さらなる歴史的合意の達成:

本日、イギリスとの新たな合意に続き、ドナルド・J・トランプ大統領は中国との間で合意に達しました。この合意では、中国が関税を引き下げ、報復措置を撤廃すること、米国が中国への基礎的関税を維持すること、そして今後の協議に向けてアメリカ産品の市場アクセス拡大の道筋を整えることが盛り込まれています。

  • 今回、米国はスイス・ジュネーブでの週末の成功裏の交渉を受け、中国との間で数年ぶりとなる貿易に関する共同声明を発表しました。
  • 両国は、二国間の経済・貿易関係が両国および世界経済にとって重要であることを確認しました。
  • 長年にわたり、不公正な貿易慣行および対中貿易赤字の拡大が、米国の雇用流出や製造業の衰退を招いてきました。
  • 合意により、米中双方は115%の関税引き下げを実施し、10%の追加関税は維持されます。他の米国による措置は継続されます。
  • 両国はこれらの措置を2025年5月14日までに実施する予定です。
  • この貿易合意は米国にとっての勝利であり、トランプ大統領が米国民に利益をもたらす合意を確保する卓越した交渉力を示すものです。

貿易のバランス回復に向けて:

  • これらの変更が実施されると、両国は貿易および経済に関する重要な協議を継続するメカニズムを設けます。
  • 2024年における米国の対中財貿易赤字は2,954億ドルで、すべての貿易相手国の中で最大です。
  • 本日の合意は、こうした不均衡に対処し、米国の労働者、農業者、企業に実質的かつ持続可能な利益をもたらすための一歩です。
  • 協議継続においては、中国側は国務院副総理の何立峰(He Lifeng)氏が、米国側は財務長官のスコット・ベセント氏および通商代表のジェイミソン・グリア氏が代表を務めます。
引用:Fact Sheet: President Donald J. Trump Secures a Historic Trade Win for the United States https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/05/fact-sheet-president-donald-j-trump-secures-a-historic-trade-win-for-the-united-states/(2025-5-12参照)

通常の経済的な考え方の範疇を超える関税は撤廃されましたが、それでも10%の関税は残ること、そして関税を含めた貿易のあり方についての協議を継続するところがポイントになります。

歴史的な妥結と言う見出しが踊りますが、今回はあくまでも異次元の関税措置が1ヶ月強で終わり、ここから本格的な交渉がスタートするといっても良いでしょう。

3. この合意が意味するもの

  1. 「過熱局面」から「管理された競争」へ
    115%相当の関税引き下げは目を引くが、10%の恒常関税を残すことで米国は交渉レバーを確保。完全雪解けではなく、再エスカレーションを抑制しつつ追加交渉の余地を残す暫定停戦といえる。
  2. グローバルサプライチェーンの安堵感
    電子部品・機械・消費財に及ぶ高率関税の一部解除は、在庫圧縮と価格上昇に悩む製造業に短期的なコスト緩和をもたらす。もっとも停止は90日間限定であり、企業はサプライチェーン多元化努力を続ける必要がある。
  3. 安全保障イシューとの抱き合わせ
    フェンタニル規制協力が同じパッケージに盛り込まれた点は注目に値する。貿易合意を超えた包括的交渉フォーマットが再構築されたことを示唆する。
  4. 対英合意との「連続勝利演出」
    トランプ政権はわずか一週間で英中との二本立て合意を発表し、大統領選を見据えた対外経済成果の連続アピール色が濃い。

4. 米中双方の思惑・温度感

視点米国中国
交渉目標⮕ 対中貿易赤字(2024年:2,954億ドル)の削減
⮕ 国内製造業回帰とサプライチェーン再構築
⮕ フェンタニル危機への具体的成果
⮕ 輸出主導の景気下支え
⮕ WTO外での二国間対話維持による影響力確保
⮕ 報復関税・非関税措置の解除で企業マインド安定
温度感・交渉姿勢「歴史的勝利」と称賛しつつ、10%関税を恒久的構造改革圧力として維持。国内向けに強硬姿勢をアピール関税24ポイント停止と前駆物質協力で関係改善を演出。ただし10%残存は受入れ、顔を潰さず時間を稼ぐ
リスク認識停止後に成果が乏しければ再度関税引き上げも辞さず米大統領選・議会動向による交渉条件の反転リスクを警戒
次の一手市場アクセス・国有企業補助金・知財保護など、構造問題に議題を拡張産業政策の主導権を守りつつ、段階的譲歩で合意延長を狙う

また、交渉を担当したスコット・ベセント財務長官とジェイミソン・グリア米国通商代表部大使は以下の様にコメントしています。

ベセント長官:
「90日間の関税停止に合意し、関税水準を大幅に引き下げることになりました。両国は相互関税をそれぞれ115%引き下げます。」

グリア大使:
「中国と米国はともに、フェンタニル問題に対して建設的に取り組むことで合意しました。その点においても前向きな道筋が見えています。」

ベセント長官:
「今週末の予想外の成果は、米国内でのフェンタニル危機に対する中国側の関与のレベルの高さでした。公安副大臣が来訪し、非常に力強く、詳細な議論を交わしました。」

グリア大使:
「私たちの経済は今後も成長を続けていくでしょう。交渉の枠組みを整え、世界貿易をより良い方向へと導いていくことになります。」

交渉について:
「常に礼儀正しく進行しました。世界で2つの最大の経済が対峙していたのです。我々は強硬に臨み、前進しました。解決すべき問題のリストを持ち寄り、良い成果が得られたと思います。」

中国からのフェンタニル前駆物質の阻止について:
「これはトランプ大統領、そして政権全体の優先課題です。米国では毎年数十万人が命を落としています。今回のジュネーブでのやり取りを通じて、中国が本気で米国を支援しようとしている姿勢が見られました。」

非関税障壁について:
「我々は自由貿易をしてきましたが、ご指摘の通り、それは米国民のためにはなりませんでした。『チャイナ・ショック』と呼ばれる現象が我々の製造業を打撃しました。彼らは労働力を補助し、設備資本を補助し、それを我々や世界中に輸出してきました。我々は関税を通じてそれに対抗してきました。今後は関税の適正水準と、米国企業のための市場開放が課題です。」

サプライチェーンについて:
「戦略的に重要な産業を国内に取り戻すことは関税の効果でもありますが、国家的意思の問題でもあります。この政権はCOVIDで起こったような事態が二度と起きないよう、全力を尽くしています。」

過去の合意について:
「2020年1月、トランプ大統領は貿易合意のひな型を作り上げました。中国とは非常に良い合意が結ばれましたが、バイデン政権はそれを履行しませんでした。中国側の代表団は、バイデン大統領が就任した後はその義務を無視したと率直に語っていました。」

引用:ART OF THE DEAL: U.S., China Ink Initial Trade Deal https://www.whitehouse.gov/articles/2025/05/art-of-the-deal-u-s-china-ink-initial-trade-deal/(2025-5-12参照)

まとめ

今回の暫定合意は 「関税戦争の一時休止」 に過ぎず、本質的課題——産業補助金、国営企業改革、知財・データ規制——は棚上げのままです。それでも両国が90日という明確な時間枠を設け、対話メカニズムを復活させたことは景況感悪化を防ぐ安全弁として機能するでしょう。企業にとっては短期的なコスト低減チャンスと並行し、交渉行方をモニターしつつリスク分散を加速することが求められます。