はじめに
世界の貿易の大半は海上輸送によって支えられています。海を渡って貨物を運ぶときにかかるお金を海上運賃といい、コンテナ(貨物用の大きな箱)に積んで運ぶコンテナ輸送が近年一般的です。こうした海上輸送のコストは、世界経済や物流に大きな影響を与えます。そのため、海上運賃の動きを示す指数(市場指数)が注目されています。代表的なものに、中国・上海発のコンテナ輸送の運賃動向を示す上海コンテナ運賃指数(SCFI)があります。本記事では、SCFIとは何か、その仕組みや読み方、関連する指標との違い、そして最近の動向や「紅海危機」による影響を含めて解説します。
SCFIとは
SCFI (Shanghai Containerized Freight Index) は、上海港から世界各地へのコンテナ輸送にかかる運賃のスポット運賃(その時点で市場価格で決まる運賃)の平均値を示す指数です。2009年に開始され、上海港が世界最大級の港湾であることから、SCFIは世界貿易の健康度を示す重要な指標とされています。SCFIは毎週公表され、世界主要港への輸送ルートごとに運賃を集計し、指数化しています。
- 海上運賃:船で貨物を運ぶときに発生する運送費用です。路線によって距離や燃料費、季節需給などで変動します。
- コンテナ輸送:貨物を規格化された大きな箱(コンテナ)に詰めて、船やトラック・鉄道で運ぶ輸送方式です。コンテナ輸送は積み替えが少なく安全で効率的なため、現代の貿易で広く使われています。
- スポット運賃:輸送契約を結んでいない取引で決まる、その都度の市場価格の運賃です。需要と供給の状況で価格が変動しやすく、SCFIでは上海発の輸出コンテナのスポット運賃を集計しています。
- 市場指数:一定の基準に基づいて市場全体の動きを示す数値です。SCFIは「上海港からどれだけ運賃が上がった・下がったか」を数字で表し、貿易の動向を把握するためのバロメーターとなります。
以上のように、SCFIは上海港からの輸送コストを示す輸出用コンテナ運賃指数で、USD/TEU(20フィートコンテナあたり米ドル)で表されます。世界経済の動きと結びつきが強いため、新聞や経済レポートでも頻繁に引用されています。
SCFIの仕組みと読み方
SCFIは上海港からヨーロッパ、アメリカ、アジア諸国など主要な行き先に向かう15の代表ルートのスポット運賃を集計し、その重量平均を指数化したものです。たとえば、上海からロサンゼルス行き、上海からロッテルダム行きなど各路線ごとの運賃(USD/TEU)をまず算出し、さらにそれらを加重平均してSCFI総合指数を計算します。具体的には、路線ごとに重み(輸送量の比率など)を決めて指数に反映し、その合計がSCFI総合値になります。
指数の変化は「前週比何%増減」として週次で発表されます。たとえば「今週のSCFIは先週比+5%」であれば、先週より運賃が平均5%上昇したことを示します。一方、SCFIの個別ルート指数も公表され、どの航路で運賃が高騰・下落しているかも分かります。SCFIが上昇していれば「上海発の輸出コンテナ運賃が総じて上がっている」、下落なら「全体的に下がっている」と読みます。SCFIは輸出向けスポット運賃だけを反映している点に留意が必要で、長期契約運賃は含まれません。
SCFIと関連指標(WCIなど)
SCFI以外にも海上運賃を示す指数は複数あります。中国関連では、中国コンテナ運賃指数(CCFI)があります。CCFIは上海だけでなく天津、青島、寧波、深センなど中国主要10港の運賃を集計したもので、スポット運賃に加えて契約運賃(長期契約に基づく運賃)も組み込んでいます。SCFIが上海発輸出のスポット運賃に特化しているのに対し、CCFIは中国全土の主要港をカバーする点が特徴です。
世界的なコンテナ運賃指標としては、世界コンテナ運賃指数(WCI) や Freightos Baltic Index(FBX)、Drewry 世界コンテナ指数(DWCI) などがあります。たとえば、ロンドンの海運コンサルティング会社が発表するWCIは、上海→ロッテルダム、上海→ロサンゼルスなど主要8航路の40フィートコンテナ運賃を週次で集計した指数です。WCIは40ftコンテナ基準で公表され、SCFIと同じく世界的に参考にされます。その他、FBXはオンライン契約プラットフォームを通じて得たスポット運賃から算出され、DWCIはドリー(Drewry)社が算出する世界主要8航路の平均運賃です。これらの指数はいずれも「コンテナ輸送の価格トレンド」を示す参考値であり、SCFIと併せて国際物流や経済動向を分析する際に用いられます。
- 世界コンテナ運賃指数(WCI):ロンドンのコンサル会社Drewryが発表する指数で、上海→欧米など主要航路の40ftコンテナのスポット運賃を集計。パンデミック前後の高騰や最近の下落など、市場動向をグローバルに把握できます。
- Freightos Baltic Index(FBX):Freightosという物流プラットフォーム上のスポット運賃データを元にした指数で、様々な航路のコンテナ運賃をカバーしています(SCFIなどと同様、コンテナ運賃の指標)。
- 中国コンテナ運賃指数(CCFI):中国の10港からの輸出運賃を総合した指数。スポット運賃と契約運賃の両方を含み、週次更新されます。
SCFIの重要性
SCFIは上海発輸出の運賃トレンドを直接示すため、貿易・物流関係者や経済アナリストに広く注目されています。上海港は世界最大級の港湾であり、その運賃動向は多くの貨物に影響するため、SCFIは「世界貿易の健康度を映す鏡」とも言えます。たとえばSCFIが急騰すれば、一般に「海上輸送にかかるコストが急上昇している=貿易需要が逼迫している」サインと受け取られます。一方でSCFIの下落は「過剰な輸送キャパシティや需要減少により運賃が低下」していることを示します。企業はSCFIの動きをもとに次期の輸送計画や契約交渉を行い、サプライチェーン戦略に活用します。
ただし注意点もあります。SCFIはあくまでスポット運賃のみを対象としており、長期契約に縛られた貨物は含みません。全世界の輸送量の約75%は契約運賃で賄われると言われており、SCFIは「今、その瞬間の価格変動」を示すものです。そのため、SCFIだけで需要量までは分からず、「SCFIが上がったから貿易量が増えた」とは限りません。あくまで「運賃価格の指標」として位置づけ、必要に応じて他の経済指標や物流データと併せて総合的に分析することが重要です。
最近のSCFI動向と紅海危機の影響
2020年以降の動きでは、まず新型コロナ禍で海上運賃が激変しました。2020–2021年には世界的な物資需要の急増と船舶不足でSCFIは過去最高水準まで上昇しました。ところが2022年以降は需要が平常化し、SCFIは急落。2023年頃にはパンデミック前の水準近くまで低下しました。その後、2024年前半にかけて大きく上昇しました。これは紅海危機(中東の紛争に伴う海上ルート障害)の影響が主因です。
2023年10月以降、イエメンの反政府勢力フーシ派が紅海やアデン湾で商船を攻撃し始めました。これを避けるため、多くのコンテナ船がスエズ運河を通らずアフリカ南端の喜望峰回りに航路変更せざるを得なくなりました。航行距離が大幅に伸び、航海日数も増加するため、船舶やコンテナの供給が一時的に逼迫しました。この結果、急激な運賃上昇を招きました。国連貿易開発会議(UNCTAD)も「主要海路の妨害で2024年前半に海上運賃が急騰した」と報告しています。実際、SCFIは2023年末から2024年中頃にかけて約2倍に跳ね上がりました。
しかし、2024年後半になると海運各社は増加した船舶供給で対応し始め、運賃上昇は一服しています。一部の記事によれば、2024年1月下旬の週ではSCFIは前週比で一時的に下落し、紅海問題発生後では初の週間下落となりました。とはいえ、高コストの影響は継続的で、パンデミック以前の平均を上回る水準で推移しています。
このようにSCFIの変動は世界経済と密接に関連します。運賃高騰は輸送コストの上昇を意味し、輸入物価や最終製品価格に波及しやすいため、インフレ要因にもなり得ます。一方、運賃下落は貿易活動の低迷を示唆する場合があります。紅海危機の例では、地政学リスクが供給網に直撃し、運賃を引き上げる結果となりました。企業や政策当局はSCFIなどの指標を通じてこうした状況を把握し、貿易戦略や物流計画に反映させています。
まとめ
SCFI(上海コンテナ運賃指数)は、上海港からのコンテナ輸送のスポット運賃を反映する指数で、世界貿易の動向をうかがい知る上で重要な指標です。基本的な用語として、海上運賃、コンテナ輸送、スポット運賃、市場指数の意味を押さえたうえで、SCFIの算出方法(主要15航路の運賃データ集計)を理解すると、指数の読み方がより明確になります。SCFIはCCFIやWCIなど他のコンテナ運賃指数と合わせて参照され、各国企業や分析者はこれらの動きをもとに物流計画や経済予測を行います。
最近の事例として、中東での紛争による航路変更はSCFIを押し上げました。このようにSCFIの上昇・下降は、原材料費や物価を通じて世界経済に影響を及ぼします。今後もSCFIの動向を注視し、貿易環境や国際情勢の変化を総合的に見守ることが、企業の競争力維持や経済政策の策定において重要となるでしょう。