はじめに

近年、ハイテク産業やグリーンエネルギーに不可欠な「レアアース(希土類元素)」を巡って国際的な注目が高まっています。特に世界最大の供給国である中国がレアアースや関連する重要物資の輸出規制を強化し、経済安全保障の観点から大きな波紋を呼んでいます。本記事では、レアアースとは何か、その用途から始めて、中国の輸出規制の内容と背景、そしてそれが半導体・自動車・軍需産業や日本・世界経済に与える影響について、わかりやすく解説します。日本政府や企業の対応策や最近の事例にも触れ、今後の見通しを論じます。

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レアアースとは何か – 定義と幅広い用途

レアアース(希土類元素)とは、原子番号57番から71番までのランタノイド元素にスカンジウムとイットリウムを加えた計17元素の総称です。これらの元素は地殻中に広く存在しますが、濃度が低いため経済的に採掘できる場所が限られ、「希少」な資源とされています。一方でレアアースは現代のハイテク製品に不可欠な材料であり、その用途は非常に広範です。例えば:

  • 高性能磁石(永久磁石): ネオジム(Nd)やジスプロシウム(Dy)などの希土類は強力な永久磁石の材料となります。これらの磁石は電気自動車のモーターやハイブリッド車、風力発電のタービン、さらにはスマートフォンのスピーカーやハードディスクドライブなどに利用されています。
  • 触媒・ガラス: セリウム(Ce)は自動車の排ガス浄化触媒やガラス研磨剤に使われ、ランタン(La)はカメラや望遠鏡のガラスレンズ添加剤として光学特性を向上させます。また石油精製の触媒にもレアアースが活躍します。
  • 蓄電池・発光デバイス: ランタンやニッケルなど希少金属による水素吸蔵合金はハイブリッド車のニッケル水素電池に使われます。その他、ユウロピウム(Eu)やテルビウム(Tb)は蛍光灯・LEDの発光材料(蛍光体)として発色に寄与し、ディスプレイや照明の発色を担っています。
  • 半導体・電子部品: レアアースそのものはシリコン半導体の主材料ではありませんが、「レアメタル」と呼ばれる希少金属の一部(ガリウムGa、ゲルマニウムGe、インジウムInなど)は半導体産業において極めて重要です。ガリウムは化合物半導体(GaAsやGaN)やLED、レーザーに不可欠であり、ゲルマニウムは光ファイバーや赤外線光学、太陽電池に利用されています。
  • 軍事・宇宙: レアアースは軍事用途でも重要です。例えばユウロピウムやネオジム磁石は航空機やミサイルの電気モーター、誘導システムに使用され、ガドリニウム(Gd)はレーダーやMRI用造影剤にも使われます。またゲルマニウムは暗視ゴーグルのレンズに利用されます。アメリカの最新鋭ステルス戦闘機F-35には約420kgもの希土類が含まれるとも報告されており、現代兵器はレアアース抜きには成立しません。

以上のように、レアアースおよび関連する希少金属はスマートフォンから電気自動車、発電設備、半導体チップ、軍事兵器に至るまで、現代社会のテクノロジーを陰で支える「ビタミン」のような存在と言えます。「産業の米」とも呼ばれる半導体と同様、それらを欠けば多くの製品・技術が成立しなくなるため、各国が喉から手が出るほど欲しがる戦略物資なのです。

中国のレアアース生産・精製シェア – 世界を支配する供給網

「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある」。これは1980年代、中国のトウ小平氏がレアアースの重要性を示した有名な言葉です。その後、中国は国家戦略としてレアアース産業に力を注ぎ、現在では世界最大の生産国かつ精製国となっています。

まず鉱石の産出量において、中国は世界のレアアース採掘量の約60~70%を占めます。2000年代には一時90%以上を独占していましたが、近年は米国やオーストラリア、ミャンマーなど他国の生産再開により若干低下したものの、それでも圧倒的首位です。例えば2023年の統計では、世界全体で約35万トンのレアアース(REO換算)が生産され、そのうち24万トン前後(約70%)が中国由来でした。米国(約12%)、ミャンマー(約11%)、オーストラリア(約5%)などが後に続きますが、中国一国の量に遠く及びません。

さらに重要なのは精製・分離プロセスでの独占です。採掘された鉱石から純度の高いレアアース酸化物や金属を精製する工程は高度な技術と環境負荷を伴いますが、中国は過去数十年にわたりこの分離精製技術を磨き、他国を圧倒しています。その結果、世界のレアアース精製能力のほとんど(8~9割超)が中国に集中しています。実際、中国は2023年に約7万トンの精製レアアース製品を生産しており、世界の需要をほぼ一手に担っています。特に磁石材料に不可欠な重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)の精製では中国以外にほとんど供給源がない状況です。

こうした支配力はレアアース以外の戦略物資にも及びます。中国は、ガリウムやグラファイトといった半導体・電池材料でも世界最大の生産国です。例えばガリウムは中国が世界産出の約98%を担いゲルマニウムも約60%が中国依存。リチウムイオン電池の負極材料である天然黒鉛(グラファイト)は約65%、人工黒鉛に至っては世界供給の98%近くを中国が占めるとの報告もあります。このように中国はレアアースを含む様々な重要鉱物資源の「精錬工場」となっており、世界各国はその供給網に大きく依存しているのが実情です。

中国がこれほどまで優位に立った要因として、豊富な鉱床資源(世界の埋蔵量の半分以上が中国)と政府主導の産業政策が挙げられます。採算度外視で環境規制も緩い中、安価に大量生産することで国際市場で価格決定力を握り、他国の鉱山開発意欲を挫いてきた経緯があります。結果として「安い中国産に頼る方が得」と世界中の企業が考えるようになり、気付けば中国以外で採掘・精製するインセンティブが失われ、中国一極依存が固定化したのです。

しかし、この状況は同時に中国に強大な地政学的カードを与えることになりました。先端技術産業の命脈であるレアアース供給を中国が握ることで、必要に応じて輸出を絞り他国に圧力をかける「資源の武器化」が可能となります。実際に中国は過去にそのカードを切ったことがあり、次章で述べるように近年も輸出規制という形で影響力を行使し始めています。

半導体関連素材への輸出規制強化(2023年~) – ガリウム、ゲルマニウム、グラファイト等

図1: ガリウム(Ga)とゲルマニウム(Ge)は先端半導体・光学分野で重要な元素だ。中国は2023年より両元素の輸出管理を強化し、戦略物資として扱っている(写真は元素表上のGaとGe、ミニチュア作業員と中国国旗のイメージ)。

中国による戦略物資の輸出規制は、2023年以降に相次いで発動されました。米国が先端半導体技術の対中輸出を規制したことへの対抗とみられ、中国政府は「国家の安全と利益を守るための措置」と名目づけつつ、半導体製造に不可欠な原材料について輸出許可証制度による事実上の輸出制限を始めたのです。

  • ガリウム(Ga)とゲルマニウム(Ge)の輸出許可制: まず2023年8月より、ガリウム及びゲルマニウム関連製品の輸出には政府の許可申請が必要となりました。両元素は軍民両用(デュアルユース)技術に転用可能な戦略物資と位置付けられ、通常の貿易では輸出できなくなったのです。事前に中国商務部に用途や最終ユーザーを申告し特別な許可を得る必要があり、許可が下りなければ実質的に輸出不可となります。この措置により、世界のガリウム・ゲルマニウム供給は一気に不透明となりました。もともと中国が圧倒的シェアを持つ品目だけに(前述の通りガリウム98%、ゲルマニウム60%)、各国のハイテク産業は代替調達先探しを迫られることになります。
  • 黒鉛(グラファイト)の輸出管理強化: 続いて2023年12月からは、蓄電池材料である高純度の黒鉛を輸出管理の対象に追加しました。電気自動車(EV)のリチウムイオン電池で負極に使われる天然黒鉛や人工黒鉛の一部グレードについて、輸出に許可が必要となったのです。EV需要の拡大でグラファイトの重要性が増す中、この発表は世界の電池・自動車業界に衝撃を与えました。短期的には市場の混乱は限定的でしたが、「EVサプライチェーンの脆弱性が露呈した」との指摘もあります。
  • アンチモン(Sb)などへの拡大: さらに2024年9月からは、難燃剤や半導体材料に使われ軍需にも転用可能なアンチモンの化合物なども規制対象に加えました。アンチモンは弾薬や夜視スコープにも使われ、中国が鉱石生産の約50%を占める金属です。実際、中国が輸出を絞った影響で欧州市場におけるアンチモン製品価格は2024年に前年比2倍以上に急騰しています。
  • レアアース全般への包括管理: 極め付けは2024年、《レアアース管理条例》と称する包括的な新規制が公布され、希土類資源の採掘から製錬、輸出までサプライチェーン全体が国家管理下に置かれることになりました。これは2010年に中国が発動したレアアースの輸出制限がWTO違反と判断された反省から、名目を「環境保護」から「安全保障上の理由」に変え、国内法整備を進めたものです。この条例により、希土類については中国政府が数量や用途を厳格に統制できる法的枠組みが整ったと言えます。

以上の動きにより、中国はガリウム・ゲルマニウム・黒鉛・アンチモン・希土類といった戦略物資の輸出を相次いで制限する体制を築きました。表向きは「安全保障上の必要な措置」と説明していますが、そのタイミングや対象品目から明らかに米国の対中半導体規制への対抗措置であることが読み取れます。事実、米国の制裁対象に足並みを揃えた日本や欧州にも影響が及ぶよう全世界を対象としており、特に欧州は「中国が重要鉱物を武器化している」と懸念を表明しています。このような輸出規制の強化によって、中国は貴重な資源の蛇口を握り、貿易交渉や外交上の切り札(カード)として自在に使える立場を手にしつつあるのです。

米中対立と輸出規制の背景 – 技術覇権争いと安全保障リスク

中国のレアアース輸出規制の背景には、激化する米中間の技術覇権争いがあります。米国と中国は近年、最先端技術を巡って貿易・安全保障上の対立を深めており、その象徴が「半導体」を中心とするハイテク分野です。

米国側は、中国の軍事的台頭や知的財産侵害を懸念し、先端半導体やAI技術が中国の軍事力強化に転用されるリスクを警戒しています。そこで輸出管理規制という形で、EUV露光装置や高度な半導体チップ、AI向けGPUなどの対中輸出を制限してきました。特に2022年10月には米商務省が中国向け半導体の包括的な輸出規制を発表し、日本やオランダも協調して先端製造装置の輸出許可制を導入するなど、先端技術の中国遮断網を築いています。

これに対し中国側は、自国の技術発展が妨げられることに強く反発し、対抗措置として打ち出したのが希少資源の輸出規制です。「それならばこちらも、あなた方(米国)が必要とする物を止めるまで」とばかりに、半導体や防衛産業で痛手となる物資(ガリウムやレアアース)の供給を絞る戦略に出ました。中国政府はこれらの措置を「国家安全のため」と正当化していますが、その実態は米国主導の対中制裁への牽制であることは各国も理解しています。

事実、2024年末には米中間で「資源カード」をめぐる駆け引きが一段と表面化しました。中国は同年12月、米国向けにガリウムやゲルマニウム、アンチモン等の輸出を事実上禁止すると発表し(米国以外への輸出は個別審査継続)、米国の半導体規制強化に報復しました。すると2025年に入り、米国(ちょうどトランプ政権が復帰)は中国との追加関税撤廃交渉の中でこの問題を取り上げ、中国側に磁石やレアアースの安定供給を約束させる代わりに自国の措置を緩めるという取引を示唆しました。例えば2025年6月、トランプ大統領(当時)は「中国との合意がほぼできた。中国が必要な磁石とレアアースを前払いで供給し、米国は留学生ビザ制限を撤回する」とSNSに投稿し、両国の駆け引きを明らかにしています。欧州連合(EU)もまた、こうした中国の動きに神経を尖らせており、2023年に重要原材料法(Critical Raw Materials Act)を制定して域内供給強化に乗り出すなど、対抗策を講じ始めました。G7サミットにおいても「重要鉱物のサプライチェーン強靭化」が共同声明に盛り込まれ、中国による資源の武器化に対抗する国際協調の姿勢が示されています。

このように、レアアース輸出規制は単なる貿易措置ではなく、米中の経済安全保障戦略の最前線に位置付けられています。米国にとってハイテク覇権を維持するためには、中国への先端技術流出を防ぐことが不可欠であり、その交換条件として中国が支配する資源供給が使われているのです。双方とも「相手の弱点を突く」形で報復の連鎖が起きており、その板挟みに日本や欧州も巻き込まれているのが現状です。

半導体・自動車・軍需産業における供給制約の影響

中国のレアアース輸出規制による供給制約は、様々な産業分野に深刻な影響を及ぼす可能性があります。中でも半導体産業、自動車産業、軍需産業はレアアースや希少金属への依存度が高く、その打撃は避けられません。

  • 半導体産業への影響: 先述のようにガリウム(Ga)やゲルマニウム(Ge)は特定の半導体デバイスに不可欠です。Gaはガリウム砒素(GaAs)やガリウム窒化(GaN)といった化合物半導体の材料で、高周波増幅器(5G通信機器など)やLED、レーザーダイオードに広く使われます。Geはシリコンとの混晶や赤外線センサー、光通信用受光素子などに利用されます。代替が難しいこれら素材の供給が滞れば、該当デバイスの生産は直ちに減速します。特にGaは実質代替不能であり、供給途絶は特定分野の製品不足や価格高騰に直結しかねません。例えば光ファイバー通信網やLED照明、生産装置用の高出力レーザー分野で部材不足が発生すれば、関連企業は減産やコスト上昇に見舞われるでしょう。また、原料価格が上がれば半導体チップ全体のコスト押し上げ要因となり、エレクトロニクス製品価格の高騰につながる可能性もあります。
  • 自動車(EV)産業への影響: 自動車、とりわけ電気自動車(EV)やハイブリッド車はレアアースに強く依存しています。駆動モーターに使われるネオジム磁石は小型で強力な磁力を生みますが、これなしには現在の高効率モーターは成立しません。また磁石の耐熱性を高めるジスプロシウムやテルビウムも中国がほぼ独占供給しています。仮にこれらの希土類磁石の供給が絞られれば、モーター生産に支障が出てEVそのものの生産計画に影響しかねません。実際2010年にレアアース価格が急騰した際、トヨタなど自動車各社は磁石の小型化や代替材料の研究を余儀なくされました。同様に、EV電池に必須の黒鉛も中国依存が高いため、黒鉛規制は電池コスト上昇や生産遅延を招き、ひいてはEV販売価格の上昇や普及ペースの鈍化につながる懸念があります。欧州委員会のセフコビッチ副委員長も「レアアースと永久磁石は産業生産に絶対不可欠」であり、自動車産業への影響を「非常に憂慮している」と述べています。
  • 軍需・防衛産業への影響: 防衛装備もまた希土類なくしては成立しません。戦闘機や軍用艦船、ミサイルには高度なセンサーやモーター、合金が使われますが、その多くにレアアースが含まれています。例えば前述のステルス戦闘機F-35は約420kg(900ポンド)もの希土類を搭載し、誘導ミサイルの制御翼やレーダーシステムのアクチュエーターにも強力磁石が必要です。もし中国がレアアース供給を長期間断つような事態になれば、米国を筆頭に防衛産業は兵器生産のボトルネックに直面するでしょう。実際、米国防総省は近年レアアース不足による兵器生産遅延のリスクを指摘しており、部品メーカーは在庫確保や代替調達に奔走しています。さらにアンチモンは弾薬や装甲板に使われますが、こちらも価格高騰が欧米の弾薬生産コストを押し上げています。防衛力維持の観点からも、中国の資源統制は大きな脅威となり得ます。

以上のように、レアアースなど希少資源の供給制約はハイテク産業の川上から川下まで連鎖的に響きます。短期的には企業の在庫や他国在庫の放出でしのげる可能性もありますが、長期化すれば生産計画の見直しや製品価格の上昇は避けられません。特に脱炭素シフトで需要が急増しているEV・再生エネ分野では、供給不安がグリーン転換自体の足枷となる恐れも指摘されています。各国政府・企業がサプライチェーンの脆弱性に改めて直面している状況です。

日本およびグローバル経済への影響 – サプライチェーン再構築の課題

中国によるレアアース輸出規制の影響は、日本や世界経済全体にも波及します。日本は言うまでもなく資源小国であり、レアアースやレアメタルの大半を輸入に頼っています。そのため特定国からの供給途絶リスクは日本経済にとって深刻な脅威です。

まず日本企業にとって調達コストの上昇は避けられません。中国が輸出を絞れば国際市場価格は高騰し、2010年のレアアース危機ではネオジム酸化物が一時10倍近い価格に跳ね上がりました。今回の規制強化によっても、例えばゲルマニウムの欧州市場価格は発表直後に急騰し、アンチモンも前述のように数倍に値上がりしています。日本の電子材料メーカーや自動車部品メーカーは値上がり分のコスト負担を迫られ、採算悪化や製品価格への転嫁を余儀なくされるでしょう。

次に調達戦略の見直しも迫られます。日本企業は安価な中国産に頼り切ってきた部分を是正し、代替サプライヤーの開拓在庫備蓄の拡充を進める必要があります。例えば住友商事や双日などは、オーストラリアや東南アジアの鉱山プロジェクトに出資し、中国以外からのレアアース調達ルート確保に動いています。政府も商社経由でレアアースを買い入れ国家備蓄に充てるなど、市場安定化策を講じています。しかしながら即座に中国分を代替できるわけではなく、短期的には生産計画の遅延や最終製品の納期遅れといった形で実体経済に影響が出る可能性があります。

世界全体で見ても、サプライチェーンの再構築には時間とコストがかかります。欧米各国は中国依存を減らすべく鉱山開発支援やリサイクル促進策を打ち出していますが、新規鉱山の立ち上げには環境アセスメント等で10年単位の時間が必要です。短期的には中国以外の既存生産国(米国・豪州・カナダなど)からの輸入を増やす努力が考えられますが、それらの国も直ちに生産量を大幅増加する余裕はありません。結果として「供給不足→価格上昇→最終製品の価格高騰→需要減退」という悪循環が生じ、ひいてはインフレ圧力や産業競争力低下として世界経済に影を落とすリスクがあります。

また、安全保障面での緊張も高まります。各国が資源ナショナリズムを強め、自国優先の確保に走れば、国際協調による安定供給のメカニズムが揺らぎます。中国以外の供給国に対しても争奪戦が起き、小国では自国内需要を優先して輸出制限に追随する動きも出るかもしれません(実際、2023年には中国に続きインドが自国産レアアースの輸出停止を検討する報道もありました)。このようにレアアースを巡る地政学リスクは、原油や穀物に匹敵する新たな国際懸念として浮上しつつあります。

日本にとって特に教訓的だったのは2010年の尖閣諸島沖衝突事件に端を発したレアアース禁輸措置です。当時、中国が日本向け輸出を事実上止めたことで、日本企業は大混乱に陥りました。この経験から日本は教訓を得て対策を進めてきましたが、2023年以降の措置強化で改めて経済安全保障上の弱点を突きつけられた形です。「必要な資源を一国に依存しすぎる危険性」が再認識され、日本政府も企業も対応のスピードを上げています。

日本政府・企業の対応 – 調達多元化・リサイクル・代替技術開発

日本はこの脆弱性を克服すべく、多層的な戦略でレアアース確保に挑んでいます。主な対策を以下にまとめます。

  • 国家備蓄の拡充: いざという時に備え、政府は希少資源の戦略備蓄を進めています。現在、コバルトやニッケルなどレアメタル34鉱種について平時消費量の60日分(品目により30日分)を目標に官民で備蓄しています。近年の情勢を踏まえ備蓄目標日数を柔軟に見直す方針も示され、リスクが高いものはより長く、比較的安定供給なものは短めに設定するなど効率的な備蓄管理が図られています。非常時には放出して企業に供給する仕組みで「最後の命綱」を確保する狙いです。
  • 調達先の多元化(デカップリング・フレンドショアリング): 中国一極依存を減らすため、代替供給国との連携を強化しています。オーストラリアの大手レアアース企業ライナス社と日本企業が提携し、豪州産レアアースの長期購入契約を結ぶなどの動きが進みました。他にもベトナムやカザフスタンなど有望鉱区への投資や技術支援を行い、新規サプライヤーの育成を図っています。米国とも鉱物資源の供給網強化で協議しており、同盟国間で戦略備蓄を共有するといった構想も議論されています。いわゆる「フレンドショアリング」(友好国への供給源移転)によってリスク分散を進める戦略です。
  • 代替素材・省資源技術の開発: 「ないものは作る」という発想で、レアアースに頼らない新素材や省資源技術の研究も推進されています。文部科学省は「元素戦略プロジェクト」を立ち上げ、希少元素の使用量削減や代替材料の創出を支援しています。例えばディスプレイ用半導体として有名なIGZO(酸化インジウムガリウム亜鉛)はガリウム(Ga)を含みますが、ガリウムの一部をスズ(Sn)で置換した新材料「ITZO」が開発されました。これはガリウム使用量を減らしつつ高い性能を維持できると期待されています。同様に、自動車用モーター磁石から重希土類Dyを減らす技術など、材料革新によって中国独占資源への依存低減を目指す取り組みが着実に進んでいます。
  • リサイクル・都市鉱山の活用: 廃棄された電気電子製品からレアメタルを回収するリサイクルも重要です。使用済みスマートフォンやパソコンの基板には実は大量の金属資源(都市鉱山)が眠っています。特に小型電子部品にはガリウムや希土類が含まれており、これらを効率よく分離・精製するリサイクル技術の確立が進められています。まだ回収コストなど課題はありますが、リサイクルが軌道に乗れば国内循環率が高まり、短期的な供給不安の緩和に寄与するでしょう。
  • 国内資源・海洋資源の開発: 日本国内には可採な希土類鉱床はほとんど存在しませんが、海洋には潜在資源があります。日本の排他的経済水域(EEZ)は世界6位の広さがあり、その海底にはマンガン団塊やコバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床など希少金属を含む鉱床が分布しています。例えば小笠原諸島東方の深海底からは高濃度のレアアースを含む泥が発見され、将来的に数百年分の需要をまかなえる可能性が報じられました。政府は海洋資源開発の研究開発に投資し、将来採掘技術が実用化すれば「海底から資源を得る」というシナリオも視野に入れています。これは長期的挑戦ですが、日本が資源供給国に転じる潜在力として注目されています。

このように日本は「備蓄」「調達先拡大」「技術革新」「リサイクル」「国内開発」という多層的戦略でレアアース・レアメタル問題に挑んでいます。一朝一夕に実現できる解決策はありませんが、官民挙げた粘り強い努力によって将来的に特定国への過度な依存から脱却し、産業の安定稼働に必要な資源を自前で確保することが目指されています。

最近の事例と今後の展望

米中対立の狭間で繰り広げられるレアアース交渉の最新の動きとして、2025年初頭の米中追加関税交渉が挙げられます。前述の通り、米国(トランプ政権)は中国に対し高関税措置の撤回をちらつかせつつレアアース供給を求め、中国はレアアース輸出規制の緩和をカードに交渉に応じる構えを見せました。具体的には、両国間で「中国は自動車用磁石などの必要物資をきちんと供給する、その代わり米国は対中制限措置を緩和する」という枠組みが模索されました。このようにレアアースが外交交渉のテーブルに上る事態は、資源が地政学の道具として用いられている典型例と言えます。

一方、日本企業の対策強化も最近のトピックです。例えばトヨタ自動車はレアアース使用量を削減したモーター技術を開発し、2020年代後半以降の車種に適用すると発表しました。住友電工など国内メーカーも重希土類フリー磁石の研究開発を進めています。さらに、2023年には経済産業省がレアアース等の国内製錬や磁石リサイクル拠点整備に補助金を投じる方針を示し、官民で国内サプライチェーン構築に乗り出しています。EUでも2023年に制定された重要原材料法に基づき、2030年までに戦略的原材料(レアアース等)の域内調達率を最低10%、リサイクルで15%確保する目標が掲げられました。欧州各地でレアアース精製工場建設や代替材料研究が活発化しており、中国一極集中からの脱却を図る動きが加速しています。

しかし、今後数年で中国支配を大きく削ぐことは容易ではないとの見方が専門家からは出ています。オックスフォードエネルギー研究所のアンドリューズ=スピード氏は「今後20~30年で技術や貿易環境がどう変わるかで状況は変わり得るが、向こう数年で中国の独占に大きな風穴を開ける展望は暗い」と指摘しています。需要は今後も拡大が予想され(国際エネルギー機関(IEA)は2040年までにレアアース需要が50~60%増加すると予測)、代替供給源の整備が追いつかなければむしろ依存度が高まるリスクすらあります。各国が自前主義を強めれば供給網の分断が進み、市場流動性が低下して価格変動が激しくなる懸念もあります。

中国側も、自らの立場を強化すべく一段の手を打つ可能性があります。例えば今回規制対象となった以外にも、コバルトやニッケル、リチウムなど中国が影響力を持つ鉱物は多数あります。中国政府高官は「必要とあれば他の重要鉱物にも手を打つ用意がある」と示唆しており、米欧の動き次第ではさらなる輸出規制や輸出禁止措置が飛び出す可能性があります。一方で、中国にとっても過度な制限は自国産業(磁石や電子部品の輸出など)にブーメランとなるため、綱渡りのバランスが続くでしょう。中国としては「いつでも止められる」という潜在能力をちらつかせつつ、実際には完全停止はせずに相手を揺さぶる戦術をとると考えられます。実際、欧州企業向けには輸出許可の迅速化(グリーンチャネル)を用意するなど、締め付けと宥和を使い分ける巧みさも見せています。

総じて、レアアースを巡る国際情勢は当面不安定な状況が続くでしょう。他国にとっては中国依存からの脱却が急務ですが、それには巨額の投資と年月が必要です。一方、中国にとっても安易な資源カード行使は信用低下や他国の脱中国加速を招く両刃の剣です。今後は、技術革新による代替材料の進展やリサイクル効率向上がゲームチェンジャーとなる可能性があります。また国際協調による備蓄や相互融通体制の構築もリスクを和らげるでしょう。日本としては、経済安全保障の観点から官民一体でこれら施策を着実に進め、しなやかで強靭なサプライチェーンを築くことが求められます。

今回浮き彫りになったのは、レアアースのような戦略物資が「新しい地政学の鍵」となっている現実です。エネルギーが外交カードとなった20世紀から、テクノロジーと素材が覇権を左右する21世紀へ。レアアースをめぐる攻防は、その象徴的な一幕と言えるでしょう。今後の動向に注意を払いながら、私たち消費者も製品の背景にある資源ストーリーに思いを致す必要があるのかもしれません。

引用一覧

中国による原材料の輸出規制とそのリスク。日本が進める対策は?|アドバンスドテクノロジーX株式会社
https://www.atx-research.co.jp/contents/Chinas-export-restrictions-on-raw-materials

不安定化する国際情勢と日本の経済安全保障|Lanes|国際貿易・サプライチェーンの動向を発信
https://lanes.info/japan-economic-security-global-instability/

China’s got the world in a rare earth choke hold – POLITICO
https://www.politico.eu/article/china-rare-earth-materials-donald-trump-west-magnets-cars/

China’s Export Controls on Critical Minerals|FTI Consulting
https://www.fticonsulting.com/insights/articles/chinas-export-controls-critical-minerals-gallium-germanium-graphite

The Consequences of China’s New Rare Earths Export Restrictions|CSIS
https://www.csis.org/analysis/consequences-chinas-new-rare-earths-export-restrictions

Understanding China’s Global Rare Earth Power Leverage|CKGSB Knowledge
https://english.ckgsb.edu.cn/knowledge/article/china-dominance-of-rare-earth-and-impact-on-global-market/

Global Rare Earth Metals Production 2023|Mining Visuals
https://www.miningvisuals.com/post/chinas-dominance-in-rare-earth-production

China bans export of critical minerals to US as trade tensions escalate|Reuters
https://www.reuters.com/markets/commodities/china-bans-exports-gallium-germanium-antimony-us-2024-12-03/