今回は、世界の海運企業がどのようなスタートアップに投資しているかをまとめていきたいと思います。この記事では、海外のMaersk/CMA-CGM/COSCOの3社と国内の日本郵船/商船三井/川崎汽船の3社を取り上げます。海外ではMaersk growthが、国内ではmol plusがそれぞれ海運企業として先駆けてCVCを立ち上げており、海運業界からスタートアップ投資へ本腰が入り初めています。
マースクのスタートアップ投資
マースクは2017年にCVCであるマースクグロースを立ち上げ、海運業界においてはスタートアップ投資の先駆け的として既に数多くの投資実績を持っています。
マースクグロースのWebページにある投資実績を見ると以下の27社です。
- Afresh (廃棄物削減のための生鮮食品オペレーティングシステム)
- BATON (自動運転トラックプラットフォーム)
- CALA(ファッション向けオペレーティングプラットフォーム)
- Clockwork(物流デジタルソリューション)
- einride(自律走行電動トラック)
- forto(デジタルフォワーダー)
- Frey(農産物のコンテナ取引ソリューション)
- hoboo(Eコマースフルフィルメント)
- HUUB(Eコマースフルフィルメント)
- IncoDocs(輸出書類作成効率化)
- ISEE(自律型ヤードトラックソリューション)
- Loadsmart(ロジスティクスソリューション)
- MODIFI(中小企業向けのデジタルトレードファイナンス)
- OFLOAD(道路貨物プラットフォーム)
- Onomondo(IoTソリューション)
- Prometheus(クリーンエネルギーソリューション)
- ripe(ブロックチェーンによる食品トレーサビリティプラットフォーム)
- spacefill(サプライチェーン管理プラットフォーム)
- Spoiler alert(小売における在庫最適化ソリューション)
- Telesense(穀物の貯蔵・管理ソリューション)
- Startchy(食物の廃棄を減らすコーティングソリューション)
- trella(トラック輸送効率化ソリューション)
- TORCH(短距離輸送に特化したロジスティクスソリューション)
- UNMADE(ファッションデザイン/製造プラットフォーム)
- WasteFuel(廃棄物のグリーン燃料化ソリューション)
- Wiliot(IoTサプライチェーン監視ソリューション)
- Zigzag(Eコマースマネージメントソリューション)
大別すると、サプライチェーンを効率化させるSaaSまたはソフトウェアソリューションが22件、自立走行トラックが2件、脱炭素クリーンエネルギーが2件、食品コーティング技術1件となっており、その大半がサプライチェーンに関わるWebソリューションであることがわかります。
マースクのビジネスとして物流の上流から下流工程まで広く関われることや、世界のトレードデータの約20%にアクセスできるとも言われている、豊富でリアルな情報素材をインプットとしてサービスを磨き上げることができるというのは、SaaSビジネスを営んでいる企業にとってはマースクと組む大きなメリットと言えるのではないでしょうか。
上記で直近大きな投資を集めているのが、自律走行トラックEinrideが昨年1.1億ドルをSeriesBで調達しているのと、クラウドサービスとIoTステッカーを組み合わせたソリューションを持つWiliotが2.0億ドルをSeriesCで調達しており、SaaSによる見える化や最適化よりも現状は資金を集めていることが分かります。
マースクグロースの投資方針はマースク本体の事業方針にも大きく関わってきます。
上記の記事にまとめている通り2021年の下期には、Prometheus FuelsとWaste Fuelという2社のエネルギースタートアップに投資をしています。海運業界は大型船の燃料消費によるCO2排出の比率が大きいため、クリーンエネルギーによって代替することで、CO2排出を抑えていく必要があります。ここ最近設定されている高いCO2排出削減目標に対する対応策としても、こういった企業への投資は加速していくでしょう。
CMA-CGMのスタートアップ投資
CMA-CGMは2015年に注目を集めている物流ビックデータ企業TRAXENSに投資をし開発に参加した最初の企業です。TRAXENSは現在、MSCとMaerskといった主要海運企業それぞれから投資を受けており、日本からも伊藤忠商事が出資をしています。
TRAXENSはスマートトラッカー(IoT)を用いて貨物をトラッキングし、ソフトウェアを組み合わせることで貨物のトレーサビリティをリアルタイムで提供するソリューションを展開しています。
既にCMA-CGMは「SMART containers」というサービス名でTRAXENSのソリューションを取り込んだ自社サービスの運用を開始しています。自社ビジネスとのシナジーを体現している理想的なスタートアップとの協業と言えるのではないでしょうか。
またCMA-CGMは同じくデジタル請求書サービスを提供するIncomlendへも出資おしており、こちらも現業とのシナジーが明確な投資と言えます。ちなみにIncomlendには著名なVCであるSequioia Vapitalのインド拠点からも出資が入っているのは注目のポイントです。
COSCOのスタートアップ投資
中国のCOSCOはその金融系子会社であるCosco Shipping Developmentにおいて出資が見られたため、そちらを取り上げて行こうと思います。
Shanyan Dataは、5G+AIoT時代にビッグデータインテリジェントストレージ製品とソリューションを提供する企業で、海運に止まらず、金融や行政、ヘルスケア等、様々な業界に対して適用できるソリューションプロバイダーです。
海運に特化したソリューションではありませんが、物流オペレーションもデジタル化していく中で、膨大に発生する情報を構造化し適切に処理する技術に投資すること自体も納得の選択肢なのではないでしょうか。
日本郵船のスタートアップ投資
日本郵船は三菱商事との共同でStartupbootcamp Australia社の支援を受けながら脱炭素化をテーマとしたスタートアップへの支援・育成プログラムを実施しています。2022年5月現在においても7月11日まで本プログラムに対するスタートアップの応募を受け付けているようです。
また、以下の記事でも触れていますが、出資は確認できないもののパワーエックスとの協業に関する覚書を締結しており、脱炭素やエネルギー領域において、昨年から徐々に動きを活発化させている様子が伺えます。
商船三井のスタートアップ投資
商船三井は国内の海運企業に先駆けてCVCを立ち上げ既に投資実績もでき始めています。詳細を確認していきましょう。
MOL PLUSのWebページにある投資実績を見ると以下の5社です。
- ラピュタロボティクス(ピッキングロボットソリューション)
- Everimpact(GHG排出量計測ソリューション)
- MetroWeather(ドップラーライダーによる風況予測)
- DigitalGrid(電力売買プラットフォーム)
- Atomis(多孔性材料ソリューション)
マースクグロースの投資先がサプライチェーンのデジタル化という明確な軸があるのに対して、MOL PLUSでは、ロボット、GHG、ドップラーレーダー、電力、多孔性材料と、5社の出資先それぞれ色のはっきりした企業となっています。投資方針としても敢えて異なる領域に分散させているのではないでしょうか。また、インタビュー記事によれば、出資枠40億円のうち、7割を直接投資、3割をVCへの投資に充てていくということで、ファンド出資も今後一定比率進めていく方針の様です。こちらも現状の実績をみると、
とこちらも多様なファンドに出資しているため、あらゆる側面での事業シナジーを狙ってアンテナを立てているのではないでしょうか。まだ設立から1年ということで、今後どういった企業との連携がフェーズアップしていくのか注目していきたいと思います。
川崎汽船のスタートアップ投資
川崎汽船における具体的なスタートアップへの投資については見つけることができませんでしたが、人工知能スタートアップのベアリング社と提携し、船舶の運航データを解析することで、経済運航や環境負荷低減へ取り組む動きがリリースされていました。
環境負荷対策については、まず自社運航船のパフォーマンスやCO2排出量を見える化することが第一手であり、その上でハード面での負荷対策なのか、ソフト面での負荷対策なのかを意思決定していく必要がありますが、大手海運企業各社は少なくとも見える化やその解析については、既に着手している状況であると言えそうです。
まとめ
今回は国内外各6社のスタートアップ投資やスタートアップとの協業について整理してきましたが、海運企業のスタートアップ協業については、マースクが先駆けて投資を進めているものの、海運業界全体としては正にこれから取り組みの成果が見え始め、投資も加速していくタイミングであると言えそうです。
紹介した事例では、海運のみならずサプライチェーン全体の最適化目線でスタートアップとの協業を盛んにしていることや、また海運領域の中でも荷物のトラッキングや、船舶パフォーマンスの分析等データを中心としたデジタルソリューションが多く目につきました。
一方で、近年の脱炭素化の波により足元クリーンエネルギーの投資が増えそうな印象があります。マースクの2021年下期においても2件のエネルギースタートアップへの投資がありましたし、日本郵船の脱炭素をテーマとしたスタートアップ支援プログラムや、商船三井の直近のバイオ燃料や環境技術投資を見ても、今年は業界全体で動きがかなり活発になるでしょう。